Dreams

□朝から晩まで君が好き
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コポコポコポ…

半分眠った意識の片隅で、何かが沸くような音が聞こえた。

横で寝ているはずの彼の体温に触れようと手で探るが、見つからない。

むくりとベッドから起き上がる。


『あれ、起こしちゃったかな?』

白いワイシャツに、紺色のスラックス姿の精市が、眠気眼のままの私を心配そうに見ている。



精市はこの春都内で就職し、決して広いとは言えないが小綺麗な1ルームの部屋に一人で暮らし始めた。
実家の大豪邸に比べたら、さぞ窮屈で住み心地が悪いだろう。

『学生の時みたいに手入れに時間を割けないから寂しいな。』

なんて言いながらも、相も変わらず植物好きな彼の部屋には、観葉植物や、細長いお洒落な花瓶に飾られたドライフラワー。
小さなベランダに所狭しと置かれたプランターの中では可愛い緑色の芽が顔を出していて、彼なりに一人暮らしを満喫しているようだ。


それにしても昨夜はいつの間に眠ってしまったのだろう。
せっかく朝を一緒に過ごせる日は、自分の身なりも整えてきちんと朝ごはんを用意してあげたいし、彼が家を出て行くのを新婚夫婦みたいに見送りたいのに。

目覚ましを掛けて寝なかった昨夜の自分が悔やまれる。


『ごめんね、まだ寝ていなよ。』
「そんな…、私の方こそごめんなさい。叩き起こしてくれて良かったのに…」
『いや、疲れてるだろうから朝くらいゆっくり寝てもらおうと思って。昨日は君も仕事だったし。それに…』

からかうような上目遣いで私をちらりと見る。

「?」

『昨日の夜は…俺の相手もしてもらったしね?』

ポットからコーヒーフィルターへお湯を注ぎながら、ふふっと笑う。

ちょっとだけ久しぶりに二人で過ごした夜だったから。私もつい夢中で、精市を求めてしまった。
彼との昨夜のことを思い出し、寝起きで低血圧なはずの身体が少し、熱くなる。

「だ、大丈夫だよ?全然疲れてないし…」
『へぇ?おかしいなぁ。あんなに激しくしちゃったのに…?』
「もぅっ…!!…恥ずかしいから言わないでよ…」

そしてまた、ふふっと満悦そうな笑みを浮かべる。

昨夜、ベッドの上で狂おしいくらいに私を愛してくれた彼は幻だったのか、そう思ってしまう程に落ち着いた表情。

揃いで買った二つのカップに、少しの音もたてずにコーヒーを注ぎ、静かな声でどうぞ、と言う。

「ありがとう…。朝ごはんは!?」
『適当に食べたから大丈夫。ありがとう。』
「そう…」

適当にと言ってもちゃんとベーコンエッグを焼いて、トーストにヨーグルト、野菜ジュースを摂ったのであろう形跡が残っていた。
私が用意していたとしてもこれくらいのものだったかな。そう思うと、彼女として情けないと軽く自己嫌悪に陥ってしまう。


その様子に気付いてか、精市はクローゼットからネクタイを取り出し、それを、はい、と私に渡して来る。
社会人になったらネクタイを結んであげるのが夢でずっと秘密で練習していた、と言うのを話したら大笑いされ、それ以来ネクタイを結ぶところを私に任せてくれるようになった。


この瞬間が好き。

首にふわっとネクタイを掛ける。

結び目がちょうど私の目線の高さで、心臓の音が聞こえるんじゃないかって、ドキドキする瞬間。

『ほんと上手に結んでくれるようになったよね。最初は首絞められるんじゃないかって思った時もあったけど。』

そんな憎まれ口を叩くから上目づかいに彼を見上げると、そこにあったのは優しい笑顔だった。

結び終え、襟を直して完成。

『ありがとう。』

右手で優しく私の頬を撫でてくれた。とろけそうなひと時。


『そろそろ行かないと…』

時計をちらっと見て、彼は鏡を見ながらスーツの上着に袖を通す。

上着に袖を通す事をあまり好まない彼だが、社会人がスーツを肩に羽織る訳にもいかないだろう。
きちんと着こなす姿を見ると、ああ、大人になったんだなと実感する。肩から羽織ったジャージを風になびかせていたあの頃が懐かしいな。

そんな事をぼんやりと考えながら、スーツ姿の彼につい見とれてしまう。

『決まってる?』

私の視線に気付いたのか、そう言って横目で自慢げな表情を見せ、ふふっと笑う。

「うん、かっこいい。」

素直にそう伝えるとはにかみ笑いを見せてくれた。


玄関で靴を履く後姿を見て、急に寂しさが襲う。
これから仕事に行く彼が、ONとOFFの切り替えをしなければならない事は分かっている。
けれどどうしても、彼の温度を感じたくて後ろから手を回した。


「寂しい…」

思わず呟いてしまった心の声に反応するように返って来たのは小さな溜息。


あぁ絶対困らせた。自分はどれだけ我儘なんだろう。
そう思いながら彼の身体にしがみつく腕を緩める。


『もう…俺の立場も考えてよ。』

精市は私の方に向きを変えて少しむくれ顔で私を見下ろす。
ごめんなさい、そう呟いて小さく俯いている事しか出来なかった。

『そんな事されたら、行きたくなくなってしまうだろう?』

両掌は私の頬を優しく包み、そっと持ち上げる。

『今日は仕事に身が入りそうにない…君のせいだからね?』

唇にチュッと軽いキスをくれた。


ああ…全部持っていかれた、
ポーっと頭の隅でそう思いながら私は顔を火照らせた。

『罰として、今夜も俺に構ってね?』

顔を近付けたまま、そう言った彼の表情はどこか、昨夜の彼の美しくも狂的な表情と重なり、てのひらに包まれた私の頬はどんどん熱くなる。
だけど最後に見せたのはやはりふわりとした優しい笑顔。

『じゃあ、行ってきます。』




ガチャと玄関のドアが完全に閉まった後、私はついにんまりと頬が緩んでしまった。


「さぁ、今日の夕飯は何を作ってあげようかな…♫」


るんるんと幸せな気分で、ふと、玄関に置いている姿見に映る自分の姿を見てドキリとした。
緩いシルエットの部屋着から覗く首元、鎖骨のあたりにキスマーク。襟元を少し下に引っ張って確認すると、胸にも彼がつけた印がたくさん残っていた。

「もぅ…っ!!こんなに付けちゃったら会社で着替える時どうするの……、見えないところにしてって、言ったのに…」

はぁ、とため息が出つつも、もう一度、彼が刻んだその印たちを鏡で見ると鮮明に思い出してしまう昨晩の彼とのベッドの上での事。
急に身体がぞくっとして、微熱を患っているような感覚。

彼も、私も…、無意識だったのかな…?



「…せーいちのばか…っ」







♡END♡

普通の社会人になった幸村くんとの朝。
ネクタイを結んであげるというのはベタかもしれませんが本当に憧れなのです。

夜はきっと雄雄しい幸村くんなんだろうけど、朝になるとふんわり優しい彼に戻って惑わせてくれるんだろうなって、思います。
そして家を出るその瞬間まで、彼女に愛情をたっぷり注ぐんだろうな。

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