Dreams

□初めて覚えた花言葉 T
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彼と恋人同士になってから少し経った、ある日の帰り道。

こうやって週に何度か、学校を出てから私の家に着くまでの短い時間を共に過ごす。
いつも同じ道。見える景色だって同じだけど、ふわりと春風のようなその笑顔を独り占めできる時間。
そんな時間が私と彼の間に流れるだけで、幸せで。彼氏彼女の関係だからこその、つまりそういう…事とか、特に今まで考えた事は無かった。

と言えば嘘になるけれど、2人きりでそういう雰囲気になる機会なんてそうそう訪れないだろうと思っている。
「まだ早い…かな?」と勝手に決め付けているのは私で、そこのところ彼はどう思っているのだろうと気になるのが本音。

『ねえ、次の土曜日の課外の後、俺の家に遊びに来ない?』
「えっ?」

突然切り出す彼に私は露骨に驚いた表情を見せてしまう。顔を見上げると、ふふっと笑い『どうかな?』と首をかしげて私の返事を待っているみたい。

まるで今さっきまで私が考えていた事を見抜かれているのかと背中にじわりと汗の湿った感覚。いや、家に誘われただけで誰もそんな事があるとは言っていないし。

『ほら、数学分からないとこあるって言ってたよね?一緒に勉強会でもしないかい?それに、君にぜひ振舞いたいハーブティーがあるんだ。』
「…うん…!お、お邪魔…しようかな?」

彼の家に一人で…という事はやっぱり…なんて余計な事を考えてしまう。

『家族はその日出掛けてて、誰もいないから安心して?』

そう言ってにこりと笑う、あくまで平然な彼が単に私の事をからかっているだけかもしれないのに、分かりやすく動揺して顔を赤くしてしまう私はどれだけ単純?

「べ別に、それはどっちでもいいんだけど。」

なんて、本当は少し舞い上がってしまっている心の中を慌てて隠そうとすれば、幸村くんはまたふふっと笑って『へぇ?そう?』なんて言いながらしたり顔で私の赤い顔を覗き込んだ。







『さあ、どうぞ入って。』

噂には聞いていたけれど、これほど豪邸とは思わなかった。
まるでお城の入口みたいな門扉をくぐって中に入ると、まず目に飛び込んだのは庭の一角。
プランターや植木鉢が整然と並んでいて、背の高い絢爛な花や小さくて可愛い花、色とりどり咲き誇ってまるで植物園に来たみたい。

『ガーデニングが好きなんだ。あのスペースは自分で手入れをしていて、ちょうど俺の部屋からよく見えるから、後でゆっくり見てほしいな。』

幸村くんは自慢げにそう話ながら、広い庭の石畳の上を玄関まで先導する。

“俺の部屋”

そのワードを聞いて、しなくていいのかもしれない意識をしてしまっていた。


「お邪魔します。」

早速、彼の部屋の前まで案内されるも思わず立ち止まり、既にもう隠す事の出来ない程高まった緊張が部屋に足を踏み入れる事を躊躇させる。

『どうかした?』
「…ここが幸村くんの部屋なの?」
『そうだけど?』
「何ここ…ホテルのスイートルームみたいじゃない…」
『ふふっ…大げさだよ!』

彼は広い部屋の中央にあるテーブルまで私を案内する。『どうぞ、』と椅子に腰掛けるように促してさりげなく、ブランケットを差し出してくれた。

『俺、お茶の準備してくるね。』

彼がその場を去ると、ふわりと肌触りの良い素材のブランケットをとりあえず、スカートから見える太ももを隠すように掛けたけれどどうも落ち着かずに、部屋をきょろきょろと見回す。

とにかく広い部屋。
大きな開き窓がいくつもあって、落ち着いた色のカーテンはタッセルできちんと留められている。

それにこんなに大きなベッド…

スイートルームみたいだと思ったのはきっと、このベッドが一番に目に入ったからだ。まるでヨーロッパの高級ホテルにあるようなイメージのベッドカバーが掛かっていて、とても広くて高さがある。一度横になってしまえば埋もれてしまって起き上がる事が出来なくなってしまいそう。

壁にかかった水彩画の中の景色は、澄んだ色の青い空とエメラルドグリーンの海。これは彼の作品なのだろうか。
本棚には…フランス語?小説かな。私にはタイトルが読めない。

とても信じ難い。あまりにも生活感のないこの部屋で、幸村くんは寝て起きて、暮らしているというの?

そうこうしているとティーポットの乗ったトレーを持った幸村くんが部屋に戻って来た。

『お待たせ致しました。お嬢様?』

いたずらっぽくふふっと笑って彼は、トレーをテーブルの上へ静かに置いた。慣れた手つきでポットからカップへ、お茶を注ぐ。

「いい香り…」
『カモミールだけど、大丈夫かな?』
「うん!大好き!」

カモミールのフルーティーな香りが、気持ちをリラックスさせてくれる。一口、口に含むと優しく甘酸っぱい風味が広がる。

「おいしい…!」
『良かった。このハーブも俺が育てたんだ。手作りは違うでしょ?自信作だから君にも味わって欲しくて。』

ティーカップを口元に近づけ、目を閉じてカモミールの香りを確かめながらそっと紅茶をすする幸村くんを見てちょっぴりドキ、と心臓が波打ったのが分かった。

「…ハーブのお世話なんて大変そう。」
『確かに、育てるのは大変な事も多いんだけど、手の掛かる植物程愛着湧くんだよね。』

本当に好きなんだな。
花や植物を愛でる彼は本当に穏やかで、優しくて、大好き。テニスコートでは厳しくてちょっぴり近寄りがたい雰囲気を纏っている彼だから余計にそう思う。
彼の色々な表情をたくさん知ってるなんて、私って贅沢者かな。

大きなテーブルを囲むようにいくつか椅子があるのだが、幸村くんは私のすぐ右隣の椅子に座っている。私と彼の椅子の間の距離だけがすごく近くて、それだけでやっぱりドキドキしてしまう。

紅茶を飲みながら他愛もない会話をして。時折おかしくなって二人同じタイミングで笑う。
彼はこの部屋の雰囲気のように高貴そうなイメージがあるが、打ち解けると本当に気さくで少しお茶目な人。今日もその優しくて愛くるしい表情に惹きこまれつい、何でも話してしまういつもみたいな楽しいひと時。






…ねえ?

 
不意に幸村くんが私の名前を呼んだので振り向くと、次の瞬間湿った感覚が私の唇に触れる。


「ん…ッ!?」


驚いて抵抗しようとしても無駄で、既に幸村くんの左腕は私の背中に回っていた。

彼の唇が私の下唇を啄むように、吸いつくように、優しく包み込む。

これまでに何度もキスをした。
誰もいない部室で内緒でくれたキスとか、帰り際に、さよならの前にくれたキスを思い返したけれど、今日は今までのキスとはなんだか違う。
唇を吸われる時の柔らかくて生温かい感触が心地よくて静かに目を閉じると、幸村くんが時折息を漏らす甘美な声が耳の奥に優しく響く。

ブランケットの上から太もものあたりに触れる幸村くんの右手の動きを止めようとして慌てて自分の手を置いたけれど、彼の唇がもっと積極的な動きしながらどんどん私から抵抗力を奪っていった。
それと同時に私の背中に回っている左手にぐっと力が入る。

夢中になって何度も互いの唇を重ね合っては離していくうちに、ふっ、と意識が遠のいていきそうな感覚に襲われた。

ゆっくりと、唇が完全に離れてしばらく、沈黙が続く。ドキドキする。とても平常心なんか保っていられない。
その状況に我慢出来ずわざとらしく彼から視線を逸らして、目線の先の窓から見えるガーデンスペースに目をやっておもむろに立ち上がりそちらの方へ足を進めた。

「幸村くんの、お庭見たいな…?」
『ふふ、ぜひ。』


窓から外を見るとそこには、季節の花々が所狭しと咲き誇っていた。
フェンスにハンギングされた花たちも、センス良く飾られていて色のコントラストがとても綺麗。
名前を知っている花はほんの少しだけれど、どの花も本当に可憐で、可愛くて。この花たちに優しく語りかける表情を想うと、花にさえやきもちを妬いてしまいそう。
いつもラケットのグリップを握っている筋肉質なその手も、この子たちに触れる時は女性のような柔らかな手になるんだろうな。

そんな姿を心の中に思い描いていると、また少しリラックス出来た。さっきから動機が激しくなったり、落ち着いたり。これでは心臓が持ちそうにない。

「これ全部、幸村くんが?」
『そう。時間があれば庭の手入れをしているんだ。休みの日なんか、ずっと庭に居て気付けば夕方だったとか、よくあるよ。』

後ろからだんだんと近づいて来る優しい声に、またも心臓が波打ち始めるのを必死で抑えようとした。

『君は、どの花が一番好きかな?』
「えーっと…お花の種類とかはあまり詳しくないんだけどね、そうだな…、あの、オレンジ色のチューリップ、すごく可愛い。あまり見ない色だな。」





『ふふっ…』





ん?笑われた?


後ろからふわりと、大きな両腕が私を包む。

また不意打ち。それに、後ろからなんて本当にずるい。
でも本当はちょっと嬉しい、でも…ドキドキする。身体中が熱を帯びていく。


『チューリップはね、色によって花言葉が違うんだ。オレンジ色のチューリップの花言葉は、“照れ屋”。君がそれを選ぶなんて、ちょっと笑っちゃったな。』


あぁ…完全に彼のペースだ。



『君はすごく照れ屋さんだからね…?』

幸村くんの手が私の高鳴る心音を感じ取ってしまいそうなくらい、きゅっと少しきつく、後ろから私の胸を抱く。

『もう今日は俺、…理性なんか保てそうにないな。』

耳元で小さくそう呟いて私の体をくるりと回転させるよう促せば、『本当は、期待してた?』なんて聞くけれど、正直に答えられるはずもない。

『でもさ、二人っきりになるって、こういう事だよね?』

恥ずかしさに俯く私の顎を無理矢理持ち上げ、キスをする。彼の唇が鳴らす濃艶な音に、だんだんと私の本能が剥き出しにさせられてしまうようでほんの少しの怖さと色欲が湧いて来るみたい。

やがて舌が私の唇に軽く触れたかと思うと、口の中に侵入してくる。ねっとりとしたその感覚に、意識も何もかも持っていかれるのではないか。
もういっそ、全てを奪われてしまおうと構わない。もっと親密に、もっと近くで、彼を感じたい。
舌を自分から彼の口の中へ伸ばすと私を抱く手に力が入り、より深く、幸村くんの舌が絡んでくる。
全身の力が抜けそうで、思わず幸村くんのベルトのあたりをぎゅっと掴めば彼の腰の高さを改めて実感して、幸村くんってやっぱりスタイルいいなぁ、なんて思ってしまう。

「ん…っ、ふっ…」

互いの舌が絡み合い、唾液が混ざって、すごく、いやらしい気分。
幸村くんは私の下唇をぺろっと舐めて、息も絶え絶えにゆっくりと唇を離すと少し照れたように頬を染めていた。とろんと緩んだ顔で私の目を見つめもう一度、ちゅっと唇が触れる。


『もう我慢できない。』








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