Dreams

□秋風、ふわり
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君は窓際の席で、頬杖をついて外を眺めている。
その視界に俺が存在する事なんて、夢のまた、夢。
目が合うなんて、滅多に、というかほとんど無いからね。
それをいい事に俺は日に何度も、君を目で追っているんだ。

教室の窓が開いた時、風になびくさらっとした黒い髪。
何度、触れたいと思ったか分からない。
白く透き通ったその肌には、淡い色のカーディガンがよく似合う。

君が笑った顔、見た事ないな。
どんな顔をして笑うんだろう。
でも、いつもふんわり、夢見心地でいるような柔らかいその表情が、
たまらなく大好きだ。

昼休みになると、すっ、と教室から出て行ってしまう君。
お昼はどうやって過ごしているんだろう。
何を、食べるのかな…
誰かと、一緒に居るのかな。
どんな、話をするのだろう。
俺の視界の中に君が居ないと、そんな小さな事まで何でも気になってしまう。
恋心は、テニスボールの様に思いのままには扱いこなせないな。
だけど君は、俺の心を簡単に奪ってしまうんだね?
そんな例え話をしている自分がおかしくて、笑ってしまうよ。

海風館で食事する時、いつも君の事探すけれど、姿を見かける事は出来ない。
もし、一人でお昼を食べていたら、話しかけようって決めているのに。
『一緒にいいかい?』いや、『ここ、空いてる?』それとも『いつも一人なの?』
どれにしようか。
カサゴの身を箸でほじくりながら、しなくてもいいのかもしれない台詞選びをしている。

思えば、俺は君の事を何も知らない。
言ってしまえば名前だけしか知らない。
それだって、君に教えてもらった訳じゃないけれどね。
ねえ、君は何が好きなの?
休みの日は、何をして過ごしているのかい?
もし、2人きりで話せるチャンスがあったなら、君の事何でも聞きたいな。
そんな事ばかり考えて、今日も君への興味と恋心が俺の頭の中の空き容量を全て奪っていってしまうんだ。

ちょっと、頭をリセットさせようか。
中庭の隅の、いつものベンチに横たわる。
視界一面に広がる、気が遠くなるほどに青く澄みきった秋空。
俺の大好きな色で塗りつぶされたキャンバスに、薄く霞んだ雲が優しく流れて空の濃淡を描いている。
一番好きな色合いが出ている部分を見つめながら、青と白の絵の具をどれくらい混ぜたらあの色が出せるだろうな、なんて考える。

午後の授業、出ずにこのまま、この空が優しく色を変えるその瞬間を眺めていたいな。
そんな事を頭の片隅で思いながら、制服のジャケットのポケットからいつもの詩集を取り出す。


げにわれは
うらぶれて
ここかしこ
さだめなく
とび散らふ
落葉かな。


彼が何に翻弄されているのか分からないけれど、あちらこちらに揺れ動く秋風に吹かれる枯葉に、自分の心を見立てているのがすごくアーティスティックだなぁ、と感じる。
まるで、ひとところに留まらない君を心の中で追いかける俺の気持ちを詩っているみたいだ。


あれ…、
一枚の枯葉がひらひら、水色のキャンバスの中を駆け回っている。
まだ、10月で昼間はこんなに暖かいし、枯葉が落ちるのは早いんじゃないかなぁ…

ん、…俺、詩の世界と現実の世界が一緒になって…




カサッ

靴で砂利を踏むような、微かな音に驚いて目が覚めた。
ああ、またうとついてしまっていたな、時間は大丈夫だろうか、
ぼんやりと考えながら目の上に当てていた手をそっと外して、ゆっくりと目を開ける。

予期せぬチャンスはどうしてこう、気を緩めている時にこそ訪れるのだろう。

「あ、ごめんなさい…起こしちゃって。」

俺の事を心もとなげな表情で見ているのは、紛れもなく、俺が心を寄せている女の子だった。

がばっと起き上がった俺は、寝ぐせが付いていないか確かめようとして、慌てて後ろ髪をくしゃくしゃと触る。

『あ…!いや、こんな所で寝ている俺の方が悪いから…』

ああどうしよう。
いつも君の事見ているのに、肝心な時にはまともに君を見られない。

「これ、落ちてたよ。」

そう言って綺麗な白い手で拾ってくれた詩集を俺の顔の前へ差し出す。
俺は勇気を出して彼女の顔を見上げた。

『ありがとう。』
「どういたしまして。」

君はほんの少しだけ、小さな口を横に広げて微笑んだ。
さらさらとした黒い髪が、秋風に乗って水色のキャンバスに舞う。
初めてこんなに近くで見るその瞳はほんのり茶色がかっていて、淡く優しい光で俺を包んでくれる、まるで天使のように可憐だった。

「ヴェルレーヌ、…?」
『え、っ…知ってる?』
「うん、作品は詳しくはないんだけど。私、フランスの文化に興味があって。」
『…俺もだよ!ヴェルレーヌの詩集は、一人でゆっくりしたい時なんかに読めるように持ち歩いているんだ。
でも、一番好きなのは絵画かな。フランス印象派のね。君もフランスに興味あるなんて、本当に奇遇…』
「幸村くんもなんだ!」

そう言ってぱっちりとした瞳をさらに見開いて、俺の隣にちょこんと座る。
つい何分か前まで、俺から見たこの空くらいに遠い存在のような気がしていた君が、目の前にいる。
少し手を伸ばせば、純真無垢なその肌に容易に触れてしまえそうなくらい。

「幸村くん」、初めて俺の名前を呼んでくれた君の声が頭の中でこだまするのと同時に、ドクンドクンと速くなっていく心拍数。
幸いこの場所では、秋風が木の葉を揺らす音が俺の心音をかき消してくれるから、こんなに近くにいる君にさえも聞かれる事は無さそうだ。

運命だろうな、君と俺が今こうやって、一つのベンチに腰掛けて大好きな事について話しているのは。
きっと、運命だろう。嬉しいなんて、そんなどころではない。

「夏休みにね、家族でフランスに旅行に行ったの。」
『本当に…!?』
「私ずっと、パリの美術館をゆっくり見て回りたいと思ってて。それが叶ったからすごく嬉しかった。でも全然時間足りなかったな!何回でも行きたいって思う。一番良かったのはね…」

その話題は俺にとって、言ってしまえばテニスよりも熱心に興味を持っている分野だから、俺が好きな絵とか行ってみたい場所とか、君に話したい事が次々に頭の中に湧き上がってくるよ。
だけどいつも物静かな君が、無意識にギュッと握った小さな拳を揺らしながら楽しそうに話してくれる姿が、すごく可愛くて。
そんな君を見ているだけで、楽しさに胸がきゅっ、となる。
もう俺が話す順番も、相槌をする暇だって君に全部奪われてしまおうが今はそれでいいかもしれないって、正直思った。

少し茶色がかったその綺麗な瞳は、キラキラとした木漏れ日を反射させながら俺を映している。


君がいつもその身に纏っているベールを、ふわり、秋風がはがしてくれたのかな。



そうだ…!



よく晴れた秋の日が、俺にくれたチャンス。






『今、美術館でやってる印象派展、2人で一緒に…どうかな?』







♡END♡
フランス旅行に行った記念に書きました。
フランス要素あまりないですが…汗
恋する幸村くんって可愛いなって思います。
私が一番お気に入りの幸村くんは“プロローグ”のジャケットなんですが、
詩を読んでたらうとうとしちゃった、そんな昼下がりの幸村くんをイメージしました。
げにわれは〜の部分は、ヴェルレーヌの“落葉”という詩を上田敏さんが訳されているものを引用させて頂きました。

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