Dreams

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「2人で一緒に屋上庭園の観察当番だった日、ガーベラが咲いてて、赤とかピンクとか。同じ花でも色によって花言葉が違うんだよって、教えてくれたじゃない。」

彼女は首をかしげて俺の表情を伺うようにこちらを見た。

「…覚えてない?」

もちろん、覚えているに決まっているだろ?だからさっきの質問をしたのだけど。

ガーベラの花を手に抱いている姿を見た瞬間、つい昨日の事のようにあの時の事を思い出したのだから。俺がガーベラの花言葉の話をした事を君が覚えていてくれたのが嬉しくて、心躍っているよ。
君はそれには気付いていない様だし、もう少し知らない顔をしておこうかな。


まさか今日、君に会えるなんて思いもしなかった。

美化委員が一緒になって、クラスでもよく話すようになって。仲良くなれたと思った矢先の事だったから。
こうやってまた2人で、花を囲んで話せるなんて嬉しいなんてものではない。

「その花瓶、使ってもいい?」
『もちろん。』

慣れた手つきで透明のガラスで出来た細めの花瓶へガーベラを生ける。

「屋上で育てたお花を、こんな風に教室に飾ったりしてるの。それはね、私の提案!」

花瓶をベッドの脇のサイドテーブルへゆっくりと移動させ、自慢げな表情でそう言った。

「オレンジ色のガーベラは、太陽を想わせて、心を前向きにするから、人を励ましたい時に贈るといい。って、幸村くんから教えてもらったのにね。」

そう言いながら、ふんわりと優しく、大切なものに触れるかのようにガーベラの花弁を撫でる。
その白く長い指がとてもセクシーで、思わず見とれてしまう。

『好きな人にお花でメッセージを伝えられたら、すごく素敵だよね!』

「……、えっ…!?」

『って、その後に君が言ったの、覚えてる?』

「そ、そんな事言ったかな…」

ほら。その日の事、覚えているだろう?そんなアピールを込めて不意に尋ねてみれば、君は大きな瞳を更に大きく丸くして、頬をほんのり赤らめた。

「ていうか、あの日の事覚えてるじゃない…。」

ちょっと反応を見たかっただけなのに、そんな表情をされると、こちらまで照れてしまう。自惚れかもしれないけれど、俺の言葉にあからさまにはにかむ、その表情が愛おしくてたまらない。
もう一押ししてみようかな。

『髪、あの頃より大分伸びたね…?』
「…っえ、あ、うん…伸ばしてるんだ。」
『ふふっ、本当に綺麗に伸びたね。うん…、君はやっぱりロングの方が似合うよ。』

片側に持って来た長い髪にサラッと手櫛を通す、彼女の頬が更に色づいたのを見て少し満足気になってしまう自分がいた。

君の頬の様に、ほのかなピンク色に染まった空。
病室の窓からいつも無関心に眺めているその空も、今日はとても色鮮やかに俺の目に映った。

「…そろそろ、お暇しようかな。」

そう切り出した君は、来客用のソファから立ち上がる。

『本当に、来てくれてありがとう。いつも来るのはテニス部の人達ばかりで。女の子と話したのなんか久しぶり。』
「ほんとに…?」
『ほんとだよ…!お見舞いに来てもらえる程仲良い女の子なんてそんなに居ないから。』
「少しはいるんだ?」
『まぁ、何人かはね?』
「ふ…ぅん?」

そう相槌を打ちながら、君は俺から目を逸らした。

今、少し面白くなさそうな顔をした?だとしたらすごく嬉しいんだけどな。

連絡先は知っているのだから、メールを送る事だって出来た。だけどクラスでよく話すようになったというのも何カ月か前の事だし。
近況も分からないのにどんな文章をメールに書けばいいのか、分からなくて躊躇していた。
それに、前にクラスの女の子達何人かで見舞いに来てくれた時、視線を送っていたけれどなかなか目が合わなくて。ちょっとショックだったから尚更ためらってしまったんだよね。

『だから君と久々にこうやって二人で話せて本当に嬉しかった。』

もじもじと恥ずかしそうに俯いて、君は小さくこくっと頷く。

『ねぇ、次はいつ来てくれる?』

えっ?
今度は大きな丸い眼で俺の顔を見上げる。

『持って来てくれたプリント、続きも欲しいから先生に頼んでおいてくれないかな?』
「あっ…、そうだよね。うん、先生にもらっておくね。また、持って来る!」

自分とした事が、こんな時なかなか素直じゃないな。
本当は君に会いたい、それだけなんだけど。

『ありがとう。あと、君のおススメのCDでも持って来てくれないかい?耳が退屈しちゃって、何か音楽でも聴きたいな。』
「音楽かぁ…おススメはたくさんあるけど、何か持って来る!」
『うん、ありがとう。』
「…じゃぁ、またね。」

君が俺の為にCDを選んでくれているところを想像するとすごく、微笑ましいな。


ああもう少し、もう少しだけ一緒に居たい
小さく手を振って病室を去ろうとする君の手をぎゅっと握って引き止めたかった。

『うん、また。』

そう答えて弱々しく手を挙げた俺は、段々と遠ざかる君の後ろ姿をじっと見つめていた。

長くて暗い入院生活では我慢しなくてはならない感情が多すぎて、言いたい事もぐっとこらえる、そんなもどかしさにもいつしか慣れてしまっていた。
久しぶりに君の声を聴いて、君の豊かな表情を見て、胸が締め付けられるような想いを感じて。生きているって実感した。

それに、忘れかけていた君への恋心、思い出してしまったな。

いつか君に想いを伝える時は、花を持って行こうと考えた事がある。ちょっとキザかもしれないけれど、それがきっと最も俺らしい気持ちの伝え方だと思ったから。
今の俺では、想いを伝えるなんて出来やしないけれど。

部屋に戻りおもむろにスケッチブックを手に取る。

今日は久々に描いてみようかな。
ガーベラの花びらにそっと触れた時、優しく目を細めて微笑む君の横顔。あの頃よりも綺麗に伸びた長い髪を思い出しながら夢中で鉛筆を走らせた。

出来上がった絵を誰にも見せる事はないだろう。

ずっと渇ききってて水分も肥料も何も無かった俺の胸に、突然咲いた君の可憐な笑顔の花を、心に留めて置きたい、ただそれだけ。

へ続きます。

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