Dreams

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病院を出てピアノ教室へ向かいながら、あの日屋上庭園で二人、並んで観察記録をとりながら話した事を思い出す。



「テニス部って、恋愛禁止なの?」
『はぁ…っ?ふふっ、何でそう思うの?』

幸村くんは軽く吹き出し、困り笑いを浮かべた。

「スポーツに打ち込む人は、常にイメージトレーニングとかしてるんだよね?」
『うん、そうだけど…、それと恋愛って関係あるかな?』
「立海のテニス部は強いから、テニスに必要のない感情は一切断ち切れ!みたいな雰囲気だったりするのかなって。」

幸村くんは目線を空に向けて何かを思い出しているみたいに『うちの部の誰かさんはそうかもしれないな、』そう言ってふふっと微笑む。

『でも、恋心なんて生きている人間なら自然と感じてしまうものだし、抑えようとしても我慢出来るものじゃないと、俺は思うけど?』

今度は得意気な笑みで私の方を見た。

カッコ良くて、スポーツ万能で、優しくて…胸がキュン、とときめく少女漫画の中から出て来たかのように、女子の誰もが憧れる存在。
だけど決して他人に本心を悟らせず、一線を画しているようなその笑顔は優雅であると同時にどこか儚げで。
心からの笑顔って、彼にもあるのだろうか。
女の子の憧れの的、ヒーローみたいな存在である以前に、一人の少年であるはずの彼の事がもっと知りたい。

「そう…、だよね。じゃあ、幸村くんは好きな人、…とかいるの?」

彼に対してこんな不躾な質問をしてしまう女子はきっと校内で私しかいないだろう。
幸村くんはただのクラスメイト、心の中の憧れなんかじゃなくて。
彼ともっともっと近付きたいのなら、自分にそう言い聞かせるしかないと思った。
高鳴る感情を気取られないように、赤くなりつつある頬を見られないように、花壇に咲いているガーベラをじっと見つめていた。


『うん、いるよ。』

放り投げた質問の答えは即答で、私はびっくりして思わず彼の方を振り向いた。

『君は?』

幸村くんは落ち着いた表情で観察用のノートに目を落としながら、そう問い返してゆっくりと私の方を向いた。


私は、幸村くんの事が好き。
彼への興味も、このドキドキも。幸村くんに恋しているから。彼への気持ちが恋である事を認識するのに少しの時間も必要ない程、今は自分の気持ちにとても素直だった。
だけど彼が想っているのは誰なのだろう。

私も、いるよ。
そう答えるのが虚しくて口ごもる。
そして戸惑う私の答えをはぐらかしてくれるかのように放課後のチャイムが鳴った。


『またいつか聞かせてね?君の、好きな人の話。』

幸村くんはふっ、と微笑む。
君の心の中、お見通しだよ。なんて、まるで全てを見透かしているかのような表情で、彼は私の顔を覗き込んだ。

『そろそろ、部活に行こうかな。』

そう言ってラケットの入った大きなバッグを肩に掛け、じゃぁ、と手を振ってその場を後にする。
私が彼の言葉にドキリと心悸亢進しているその様子さえ見抜かれているのだろうな。
もしそうだったらどうしよう。困惑したまま彼の後ろ姿を見つめていた。




あの日の事を思い出しながら、ピアノ教室までの道をぼんやりと歩く。

レッスンはマンツーマン。先生は今日も笑顔で私の演奏を褒めてくれる。

「先生、感情を込めた音って、どんな音ですか?」

何気なくそう聞いた。

そんな事を聞かれるなんて思っていなかったのだろう、先生は目を少し見開いた。

「ちょっと難しいかもしれないけれど、作品に込められた情景とかイメージ?とか、作品が生まれた時代の背景を理解して弾く事、かな。」

曲に込められたイメージ、か…

「でも何より、自分の演奏を聴いて欲しい、と思う人に素敵な演奏だって言ってもらえるように心を込めて弾くのが大切なのかもしれないね。」

先生にもらった言葉を家に帰ってずっと考えていた。

確かに私はコンクールで、自分の演奏を審査員がどう評価するのか、という事に気を取られ過ぎていて、心を込めて演奏するなんてあまり考えてない事に気付かされた。
聴いて欲しいと思う人に、自分の演奏を聴いてもらうのって、すごく勇気のいる事のような気がする。
だけどやってみようかな、そう決めた。

私は自分が好きな曲を、自ら演奏したものを録音した。
カードに曲名だけを書いたのは、私の演奏を聴いた彼が、情景を思い浮かべてくれたら、私の音は表現力を持つ事になるんじゃないか、そう思ったから。

へ続きます。

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