Dreams
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絶対、言うって決めたんだから。
グラウンドで朝練をしている生徒達の声も、元気よくわめく蝉の声も、いつの間にかフェードアウトされたかのように、今は何も聞こえない。
すうっと軽く深呼吸をして、彼の方を向いた。
「私、幸村くんの事が好き。」
制服のスカートをくしゃっと強く握りしめた。幸村くんは驚いた表情をしている。
彼への想いを伝えるのにそれ以上飾り付けたような言葉は何も浮かんで来なかった。
出来るだけ、真っ直ぐに、この気持ちを届けたいと思って、少し見開かれた幸村の切れ長で美しい目をじっと見つめた。
彼の頬が薄く色付いて、ぽかりと開いていた唇をきゅっと閉じ、はにかんだ様な表情。
そしてだんだん、いつもの優しい笑顔になったかと思うと、やっぱり照れ隠しをするように、ふわりとしたその髪を掻き上げる。
そんな彼を見て、いとおしくて、私も顔がほころび肩の力を抜いた。
彼の左手が私の肩を優しく引き寄せる。
次の瞬間、唇にしっとり柔らかな感触。
『俺も君が大好き。本当に、大好きだよ。』
せっかく真っ直ぐ目を見て告白出来たのに、恥ずかしくて口に手を当てたまま視線を逸らしてしまう。
嬉しくて、でも恥ずかしくて。ああもう、ドキドキし過ぎて泣きそう。
『嫌だった…?』
心配そうに首をかしげてそう聞いてくる。
慌てて口から手を外し首を横にぶんぶんと振った。
彼はふふっと私をからかうような笑顔を見せる。
もう一度、彼の顔が近づく。
私はそっと目を閉じた。
幸村くんと初めてガーベラの花言葉について話してから、興味を持つようになった。
小さな花も大きな花も、生きているから、メッセージを伝えようとしているのかな。
彼はそれを誰よりも分かっているから、花言葉に詳しいのだろうか。
『俺が向日葵だとしたら、君は太陽だね。』
そう言って、大きな花を付けた向日葵と向き合いながら無邪気に笑う横顔が、私の心をきゅっと締め付ける。
これが、幸村精市という少年の、心からの笑顔だと信じている。
向日葵は明るく元気な夏の花というイメージだが、意外にロマンティックな花言葉がある事を知った。幸村くんはそれをもちろん知っているのだろう。
『俺は君だけをずっと見ているよ。』
放課後の音楽室。
『見て!あまりにも可愛くて。君にプレゼントしたいと思ってつい買ってしまった!』
にこにこと楽しそうにピンク色の桔梗の小さな花束を私に差し出す。
幸村くんはたびたび私に花をプレゼントしてくれる。そんなに大袈裟な物ではないけれど、駅の花屋で目にとまったからとか、庭に綺麗に咲いたからとか。
なんでもない日のはずなのに、今日が特別な日になる。
幸村は音楽室の、ピアノに一番近い机について、『俺の為だけのコンサートだね。』なんて言いながらふふっと笑う。
「何を弾こうかな…?」
私は大きなグランドピアノに向かい、ピリッと緊張した指で楽譜をめくる。
『じゃあ、リクエストしてもいいかい?』
「どうぞ?」
机の上に両肘を付いてこちらを見ている彼が、優しい優しい声でくれたリクエスト。
『君が一番好きな曲。』
私はふうっと肩の力を抜いて、指をそっと鍵盤に置いた。
「聴いてください。“甘い思い出”」
夏の暑い日、力強く咲き誇る向日葵に負けない彼の笑顔を想う気持ちをメロディーに乗せて。
♡END♡
彼女に想いを伝えられないまま、病気になってしまって、今更こんな体で君に会いたいなんて言えずに、病床で悔しい恋を忘れようとして葛藤したりしたのかもしれない…という想像をしました。
だけど彼女との恋をだんだん思い出して、彼女への気持ちも、自信も取り戻していく心境を表現出来ていたらなと思います。
幸村くんもクラシックが好きだし、私の好きな曲を感受性の高そうな彼にも聞いて欲しいなと思い、ピアノの件を取り入れました。
でもやっぱり、幸村くんと夢主の心を通わせるきっかけとなるのは、お花だったらいいなって思います。
最後までお読み頂きありがとうございました。
※幸村くんが花の香りを感じる表現がありますが、実際にはガーベラの花は、ほとんど香りが無いらしく、その為お見舞いに持って行くのに適しているそうです。