Dreams

□部長って、こんな人
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「今年も立海は強えな!」
「幸村・真田・柳は一年からレギュラーだし、今年が中学の集大成ってか、強さが桁違いだぜ」
「他のレギュラーも全員三年らしいぜ、今年は」
「あれ、ワカメ頭の二年居なかったか?」
「レギュラー落ちでもしたんじゃねえの?下級生が立海レギュラーに居座ろうなんて、三強くらいの実力は無いと無理だって」
「だよな、あのワカメも大した実力はなかったって事か」
「そうそう」



…夢の中で誰かが俺を馬鹿にして蔑むような話をしていた。

すげぇ嫌な夢だった。だけど数か月後に大会会場で俺の事をこんな見方で見る奴が居るんじゃねぇかって、不安になった。
窓側の席に置いたラケットバッグに寄りかかり、帰りのバスの中でうとうと眠ってたらこんなシャレにならない夢を見ていた。

今日の試合は疲れたな。

調子がいい時に比べて一つ一つの試合時間がかかってしまったから体力的に疲れたっていうのが理由でもあるけど、何より精神的なダメージが大きい。


『一回も負けなかったとは言えそんなお粗末な内容の試合を続けて、次の大会で君に勝機はあるのかい?』

自分でも最近の試合内容の悪さは身を持って自覚している事だったから、部長の言葉が胸に突き刺さった。

『今日の試合を見ていて、常勝立海のレギュラーメンバーとして君を置いておくのが果たして、立海の勝ちに繋がるのかな、と正直不安に思ったよ。』

最後の試合を終えた後、ベンチの幸村部長からもらったのはアドバイスでも何でもなく、こんな厳しい言葉だった。
ベンチにドカッと座って腕組みをしている部長の、肩に掛けたジャージから覗いている筋肉質なその腕でふっ飛ばして欲しい、と心底思った。
もし、真田副部長が部長だったらとっくにそうされて今頃俺は星になっているかもしれない。

だけど幸村部長はそんな事はしてくれない。
その代わりにお見舞いしてくれたのは、とんでもなく冷たい氷柱の様な視線。
一撃ではなくじわじわと、俺の精神が追いつめられる。その氷のナイフが胸の奥まで突き刺されれば心も身体も凍傷となってしまいそうだ。

『このままだともう君にそのユニフォームは着せられない。そんな実力で立海のレギュラーになれるんだと思われたくないからね。レギュラー候補は君の他にもたくさん居るって事、忘れるなよ。』

そう言って部長はベンチから立ち上がり、その場を後にした。最後は俺の目すら見てくれなかった。

泣きそうだった。真田副部長に鉄拳を喰らうより何百倍も心が痛い。
あんな怖い顔であんな厳しい事を言われれば、さすがに落ち込んでしまう。悪魔では無くて俺も人間の子だから。
俺もデビルだの異名を付けられて舞い上がった時もあったが、今日の様な試合をしてしまうんだったらデビルに申し訳ねぇ。

しかし幸村部長は本当に神の子かもしれない。
今日の試合だって1ポイントも落としていない。汗の一滴もこぼさずに、表情一つ変えずに。
『もっと練習になる相手を連れて来てくれないかい?』と言わんばかりに全ての打球を正確に相手のウィークなコースに叩き込む。
カッコイイ、純粋にそう思った。やっぱり幸村部長は俺の憧れだ。
いつか三強なんて全員叩き潰して俺が立海のトップに立ってやる……! そんな野心は正直今の俺では持てないし、口にも出来ない。

ラケットバッグに寄りかかったまま、ぼーっと今日の事を振り返った。次の大会までの自分のビジョンが上手く描けずモチベーションは下がりまくっている。

『丸井、これ、この間貸してもらってたタオル返すね。お礼に母さんが作ったクッキーおすそ分け。』
「わ〜!!サンキュ!すげぇ嬉しい!幸村くんは本当にいつも優しいよな!」
『食べ物あげたから優しいって言われてもね…ふふ、』

丸井先輩と部長のやりとりを思い出した。
俺には幸村部長が優しいなんてとても思えない。だって俺には、甘いクッキーをくれるどころか苦い言葉をオブラートに包む事すらしてくれないから。

しかし幸村部長の顔、怖かったなぁ…もう次にどんな顔して部長んとこ行けばいいか分かんねぇ。

恐る恐る、通路を挟んで斜め前に座っている幸村部長の横顔をチラっと見て、…自分の目を疑った。
たった今、俺が頭の中で思い出していた冷酷極まる表情はどこへやら、切れ長の目はだるんと垂れ下がりスマホの画面に釘付けになっている。

遠征用のマイクロバスの中は静まり返っている。ほとんどの部員が試合に疲れて寝ているんだろう。

見てはいけない部長の姿を見てしまっているような気がしてならなかったけれど、すげぇ嬉しそうな、いやデレついたというか、人間味溢れるその顔があまりにも意外で思わずスマホの画面を覗き見してしまう。
狭い車内。俺も視力はイイ方だし、ほんの少しだけ上体を近付ければ容易にLINEのやり取りが見えてしまった。
トークをしている相手は女の子の名前。彼女か?彼女がいるのか部長は?まずそこが驚きで画面から目が離せない。




[今日はね、買い物に行ってた(*^^*)]

[へぇ〜(^^)何か買えたかい?]

[うん!ワンピース!見て見て♡]
[画像]

[可愛い!すごく似合うよ!その花柄は俺もすごく好きだなぁ…今度のデートが楽しみだ(^^♪]



ん…!?ワンピースをあてて全身鏡の前で自撮りした写メが送られて来てるけど彼女の顔までは見えない…。

幸村部長とは業務的な内容の、もちろん分末は“。”か“!”か、この人は顔文字の使い方を知らないのではと思う程シンプルなやり取りしかした事ないから。
俺、すごく今、戸惑ってる。女の子の前ではどんな感じの人なんて、想像した事も無いし。お年頃のそういう事にだってとても興味がある様には見えない程硬派な人だと思ってたのに。



[へへ♡ありがとう!あとね…下着も買ったんだ(*ノωノ)]

[へぇ…!!見たいなぁ…(^^)見せて?ちょっとだけ…!]

[ダメだよ、恥ずかしいし…]

[ねぇ、じゃあ、色だけでも教えて?]

[ひーみーつ♡]

[もう!そうやってすぐ焦らすんだから!(-_-;)脱がせる時のお楽しみにしとこうかな♪]



・・・・・・・・・・・・・。

やべぇ、なんかどんどん幸村部長のイメージが…。幸村部長だって発情期の少年なんだなって、なんか安心したような、いやでもやっぱり知りたく無かったような。

それにしても、彼女は幸村部長のあんな冷たい表情、知ってんのかな、知らねぇだろうな。俺に突き刺した氷柱だって彼女の前では溶けて使い物にならなくて、泡みたいにふわっふわの優しい笑顔で包み込むんだよきっと。



[試合どうだった?(*^^*)]

[俺はいつも通りの力出せたかな、全部勝てたし!(^^)b]

[お疲れ様♡すごい!さすが幸村部長だ!(*ノωノ)観に行きたかったなぁ… 他の皆は?]

[まあまあかな、皆大体思うように勝ててたし。だけど赤也にはちょっと言い過ぎちゃったかも。]



え…、俺の話題!?このタイミングで…てか部長が俺の事、大事な彼女に話したりしてくれてんだ…何かちょっと嬉しいような、でも何て言われてんのかマジで不安。
見たくない、見たくないと思ってても目線が言う事を聞いてくれないから少しずつ、身体を部長の方に近付けてしまう。出来るだけ、息の音を止めろ、俺。



[赤也くん、調子悪かったの?(/_;)]

[うん…試合は全勝なんだけど、なんか赤也らしい試合じゃなくて。ちょっと気合い入れようと思って言ったんだけど、多分落ち込んでると思う。]

[赤也くん、次期部長候補なんだから、精神的にも強くなってもらわないとね…!立海テニス部を背負うんだから!]



ああ、やめろ…!今その事言うなよ…!次期部長候補が俺なんて、幸村部長も今はそんな事これっぽっちも思ってないだろうから。
レギュラージャージを着ていられるのも今のうちだけかもしれない俺に、部長候補なんてちゃんちゃらおかしいよって、きっと言うだろうから…。


                   
[うん。君が言う通りだよ。もうすぐ俺達卒業なんだから今のうちに、赤也には常勝立海大を率いていく自覚と強さを身に付けてもらわないとって、そう考えたら焦ってしまって。
厳しいかもしれないけど、キツい事言っちゃうんだよね。俺は赤也には本当に期待しているし、次の立海を背負うのは彼しか居ないって思ってるから、尚更ね。]



目に涙が浮かんだ。

部長のバカ…どっちなんスか。俺に、期待してくれてるんスか?部長にキツイ事言われたから、自分を見失ってモチベーション下げてしまってた俺を殴ってくださいよ。
いや、『君のその限りなく低いメンタルゲージなんかあったって、我が立海の戦力の何の足しにもならないんだよ』って言って上から踏みつけてくださいよ。

それくらい、今の俺はクズ同然だ。

俺、今日から一から頑張ろう。立海大の切原赤也を再建し直そう。デビルに恥じないテニスをしよう。

ズルっと、落ちそうな鼻水をすすった音に反応するように、幸村部長がこちらに振り返った。


『泣いてる暇があるんだったらイメージトレーニングでもしたらどうだい?』

ふっ、と呆れたように笑ってそう言った。睨みの効いた部長の目に俺はまた固まってしまい身動きが取れなかった。
まさか後ろから見てた事バレてたんじゃ…それでわざと…


『どこから見てたの?』

「うっ…ひっく…、あの、彼女さん…が買い物に行ったっ…って、ひっく」

『結構見たな!!?』

「すみません…っ」


幸村部長は突然身体をこちらに向け、俺の肩をガシっと掴んだ。やべ、さすがに殴られるか!?俺は思わず目をギュッと瞑って顔を背けた。
…あれ、何もされない…?
瞼をゆっくりと開いて部長の顔を見たら、真っ直ぐに俺の目を見てくれてた。

部長は俺の肩を掴む手をゆっくりと緩めてもう一度、今度はさっきの50分の1の力加減で優しくポン、と触れてくれた。





『立海を頼んだよ。』


本当に、この人には敵わねぇ…

溢れ出す涙をこらえきれなかったけど、それを咎める事もせず、部長は優しい笑顔を俺にも見せてくれた。
飴と鞭を世界一上手に使いこなす人だと思った。部長の鞭はそこらの痛さではないけれど、飴の甘さはその何倍も優しくて、痛んだ心に沁みていく。

幸村部長が部長で本当に良かった。真田副部長が部長だったら俺、今頃星だからこんな嬉しさ味わえねぇもん。

『人の携帯を盗み見した罰とトレーニングを兼ねて、学校に戻ったらグラウンド100周だからね。』
「そ、そんな…」
『…って、君が憧れてるどこかの学校の部長さんはそう言うかもしれないけれど、俺は優しいから95周にしておいてあげるよ、もう遅いしね?ふふ、』







幸村部長って、こんな人。




♡END♡
突然思いついた赤也目線の小話。
幸村くんって、厳しくて強くて時に冷酷で。だけど本当は部長として、努めて心を鬼にしてるんだって思ったら微笑ましいです。【10DEC15】

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