Dreams

□Sweetest...
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いつもはしない、ヘアコロンをつけて。
それに毛先をちょっとだけ、巻いてみた。


「…よしっ…!」


もう今年は、大勢の女の子の勢いに圧倒されてずっと胸の中にモヤモヤさせている自分の想いを結局、大きなため息に乗せて冬の青空に解き放つような真似はしないって、そう決めた。


幸村くんの事が好きだから、今年こそは想いを伝えたい。


彼とは小学校の頃からの“仲良し”で家も近所ゆえ、帰り道が一緒になる事も度々。お家に遊びに行った事も何度もある。
それでも一度だって私が幸村くんにとって特別な存在だと感じた事は無い。だって幸村くんは誰にだって分け隔てなく優しくて、優艶なその笑顔をいつも皆に振りまいて。もちろん私にもね。

もし、幸村くんに彼女が出来たら「私以外の女の子に優しくしないで!」なんて我儘言われて困ったりするのかな、とか。彼女にだけは男の子の表情見せてドキドキさせちゃうんだろうな、とか。
毎年この日が来る度に考えては怖くなって、胸がズキズキ痛む。


今日、幸村くんの教室に群がる女の子達を見てた。
あの子も、あの子も、オシャレに余念がない。みんなすごく可愛いし、この中から誰が幸村くんの彼女になろうとおかしくない。
きっと今日の為に何日も前から準備したんだろうな。色や素材にまで気をつかった可愛いリボンでラッピングした箱の中には、一文字一文字気持ちを込めて幸村くんへの気持ちを書いたお手紙なんかも入っているんだろうな。みんな、幸村くんに少しでも振り向いてもらいたいって、必死なんだ。みんなのピュアな乙女心が分かるだけに胸が苦しい。



【ごめん、悪いけど…、家まで運ぶの手伝ってくれないかい?】



放課後の教室。バレンタインの予定は特に無い、明日の予習をやってから帰ろう。…と見せかけて居残っていた私に、密かに待っていた彼からのメールが届く。
今日というこの日が一年で一番忙しい彼の荷物持ちをする口実でお部屋に転がりこむ、この絶好のチャンスを今年は最後の手段にしようって決めたの。

幸村くんの教室をひょっこり覗くと、思わず目を見張る程それはそれは数え切れないチョコレートやプレゼントに埋もれそうになっている彼が居た。

『やあ、…ほんとごめん、一人じゃさすがに持ちきれなくて。』
「ううん、なんか…今までより多くない!?」
『そう?あまり変わらないと思うけど。』

ふぅ、と溜め息さえついた幸村くんはそれこそ無機質な物を見ているような表情で、眩しく輝く色とりどりの箱をひとつずつ手に取る。
こんなにたくさんのチョコレートを貰って言わば“モテモテ”の状態なのに、嬉しそうな顔の一つも見せず黙々と大きさの違う二つの袋にチョコレートを詰め始めた。

「ねぇ…嬉しくないの?」
『いや、別に嬉しくない訳じゃないよ?…はい、こっち。』

「みんな、幸村くんの事、好きだからこうやって…」そう言おうとしたけれど、幸村くんはそんな事分かっているだろうし告白だって今日だけで既に何人にされたのか分からない。
お節介だきっと、そう思ってやめた。何より、まさにこれから告白しようとしている私の立場だって悪くなる。
チョコレートの山に埋もれて息苦しそうなだけの彼の表情を見ると、ちょっと、ホッ、としてしまった性格の悪い自分に嫌気がさしてしまうけれど、神様、今だけは許してください。

『なに、ぼーっとしてるの?こっち、軽い方。持ってくれない?』
「あ、うん…」

今日はバレンタインデーだって言うのに私に予定があるかどうかとかは聞いてくれないのかな?相変わらずちょっぴり強引な幸村くんの前では、うじうじと歯切れの悪い態度を見せてしまう。


「毎年こんなに、チョコレート貰ってどうしてるの?全部食べるの?」
『ふふ、まさか…!!血糖値が大変な事になるだろ!?』
「そ…だよね…、でも、手作りとかもあるだろうし…」
『手作りの物こそ日持ちしないからね、家族で分けて食べるよ。あ、中身は全部見るけどね?手紙なんかもあるし。』

やっぱり、お手紙もあるんだ。そうだよね。一体今までに何人の女の子から"好き"って言われたんだろう。
…もう、"好き"って言うだけじゃ幸村くんの心に何も響かないんじゃないかな。告白されすぎて慣れた、とか。そうだったら辛いよ。どうしたらいいのか分からない。

「、…お返事とかは?どうするの?」
『正直な話返事は出来ないよ。この数だと…申し訳ないけど。一人にしたら皆にしなきゃいけなくなってしまうし。』
「でも…!もし、その…、意中の子からのお手紙があったら…?」

『ふふ、…残念ながら、俺の意中の子からは貰えた事無いから。』
「…え…っ!?」

そうなんだ…、っていうか幸村くんに意中の子が居るんだ…でも、こんなにたくさんの女の子が居てヒットしないなんて。幸村くんの意中の存在になれる子なんて、一体全体どんな子なのよ。
どうしよう…、もう、私が持って来たチョコレートは幸村くんが見ていない間にこの袋の中に放り込んで早いところ退散してしまおうか。

『さ、入って?』

やっぱり踏ん切り付かなくてもじもじとしている私は幸村くんに言われるまま、もう何度も上った事のある階段をおぼつかない足どりでゆっくりと進む。
久しぶりに入った彼の部屋は相変わらず綺麗で、広くて。もし、私じゃない誰かが幸村くんの彼女としてこの部屋に初めて来たならきっと“幸村くんと自分だけのスウィートルーム”なんて思ってドキドキするんだろうな。

結局、私のチョコレートは鞄の中にしまったまま。
『その辺に、置いておいてくれるかな?』と指で指示されるがまま、持って来た袋をドサリ、部屋の真ん中の大きなテーブルの上に置いた。

幸村くんは部屋のカーテンを開けてタッセルで束ねる。ふう、と息を一つついて何だか物憂げに感じているみたいだった。
大きな開き窓から見えるワインレッドに染まった空が私の心を急かす。夕焼けの色を背中越しに纏った幸村くんは、いつもよりちょっぴり大人の表情に見えた。


『もう、日が暮れちゃうな…、時間取らせて悪かったね。』
「あ、…いや、…」

こうやって大事な時にもじもじして幸村くんの顔も上手く見れなくて、俯く事しか出来ない。顔がどんどん熱くなっているのが分かるけれど、夕焼けの色が隠してくれるかな。


『…君は、誰かにチョコレート渡したのかい?』
「……ん…っと、…お父さん…」
『ふふっ、そっか。その他には?』
「……」

『ねえ…、今日、髪型いつもと違うね?…すごく可愛い。』


もう、幸村くんは私の気持ちにとっくに気付いているんだって思った。『俺の事、好きなんだろ?』そう言って勝ち誇ったような表情をしている幸村くんの顔が、目線の先の高級そうな絨毯の上に思い描かれる。
心臓の音、聞こえてしまうんじゃないかな。もう、きっと夕焼けの色よりも真っ赤な顔になってる。


『…これから、誰かに会いに行くのかい?だとしたら俺、…ちょっと悔しいな。』

意外にもそんな事を言った幸村くんの顔を見ると、いつもの優しい表情じゃなかった。少し悲しげで、綺麗な目を伏せ気味に、でも真っ直ぐに私を見てくれていた。
幸村くんの表情が、なんだか私に想いを伝える決心をさせたみたい。今日はバレンタインデー。私が、幸村くんに想いを伝える日なんだから…





幸村くん、大好きです




幸村くんへの恋心をたくさんたくさん混ぜ込んで、一生懸命用意した手作りのチョコレートを差し出した。
受け取ってくれるのかと思えば幸村くんは突然、両手で熱い熱い私の顔をすっぽりと包んで、空気の様にふわりと軽く、唇にキスをしてくれた。
『いい香り…』そう言って念入りに手入れをした髪の毛先までするすると手櫛を通すように優しく触れる。“恋が実るおまじない”なんてキャッチフレーズに惹かれて買ったヘアコロンにお礼を言わなきゃなんて、ぽーっとした頭の片隅で考えていた。

もう恥ずかしくて、幸村くんの顔が見られなくて、私のチョコレートをそっと受け取る幸村くんの手元を見ていた。心を込めて結んだピンク色のリボンの端に幸村くんの指が触れる。

『開けていい?』

こくりと頷けば、するりとリボンが解かれて、その綺麗な指は私の想いがたくさん詰まったチョコレートを一粒つまんだ。

『ふふっ…美味しそう。』

口に含み、指についたチョコレートをぺろっとなめるその姿がとてもセクシーで、一粒のチョコレートが幸村くんの口の中に完全に入っていく様にただただポカン、と見とれていた。

美味しい、かな…?

気になって幸村くんの目を見れば次の瞬間、背中を抱き寄せられる。幸村くんの舌の熱に緩く溶かされ柔らかくなったチョコレートの粒が私の口の中に捻じ込まれ、鼻腔に広がった甘い甘いチョコレートの香りは、恋に臆病だった私を誘い込むように脳の奥まで染み込んでいく。互いの舌が同じ熱を共有し合えば、一粒のチョコレートはまるで幻だったかのように消えて無くなってしまった。
ほんの一瞬、その間に何が起こったのかよく分からないけれど確かにそこにあるのは唇に残る熱い感覚とねっとりとした甘い匂い。
唇にまとわりついたチョコレートを幸村くんの柔らかい舌が舐めとれば、身体中の神経が甘ったるい恋の刺激に侵されてもうこのまま全身溶かされてしまいたい、とさえ願ってしまった。


『美味しい…君の唇、甘くてとろけそうだ。』


私の顎に手を掛け幸村くんはふふっ、とご満悦の表情で笑う。彼は、私より一枚も二枚も、それよりもっともっと上手なんだって思い知らされた。


『ディープキスなんて初めてだけど、君の唇があまりにも美味しいからなんかコツ掴んじゃったな…』


甘い甘いチョコレートよりもちょっぴり大人の味がしたバレンタインキッスで、私の知らないドキドキをたくさん教えてくれる幸村くんとの恋の始まりに胸を高鳴らせる。
溶けたチョコレートのぬかるみに足を取られながら幸村くんが放つ甘美な匂いに惹きつけられて、あとは更に更に深いところまでどんどん堕ちていくだけ。



『君の唇は俺の大本命だよ』




Happy Valentine’s Day!!!!!





♡END♡
初キッスなのにアブノーマルなキッス。幸村くんなら有り得そう。バレキスおめでとう幸村くん!!!【27JAN16】

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