Dreams

□生きるを見つめて
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青い空をただ訳もなく眺めているのが好きだった。

一瞬、たったそれだけの時の間に優しく色を変える空はいつだって俺に、明日また生きる希望を与えてくれていたのに。

自分の脚で地面を蹴る事も、日の光に当たる事も自由に出来ない俺の存在が悔しくて、こんなに晴れて澄み渡った青空が憎いとさえ思う。


3月5日、
昨年の誕生日から一年間、いったい何をしていたのだろう。
俺の人生にとって、そう、テニスプレーヤーとして、それに思春期に飛び込んだごく普通の少年として、大切な大切な一年にしたかった、そのはずだったのに。
俺は何一つ成長していない。筋力も上がっていなければ身長も伸びていない。
いつもなら冬になっても手首にしつこく残るパワーリストの日焼けの痕も段々薄くなり、今となっては完全に消えてしまった。
俺がテニスコートに立って太陽の下で汗を流していた日々などは奇跡か幻だと言わんばかり、カーテンの隙間から差し込む光に鈍く照らされた白い肌は嘲笑う。
年を重ねる事に何の意味も見出せないのなら、もういっそ、そう考える事もしばしばだった。けれど、
涙すらもう出て来ない、こんなに渇ききった俺の心にいつも優しい命の水を与えてくれる君の存在が、憔悴の限界に陥りかける俺を“生きろ”と鼓舞するんだ。


今日、わざわざ病室に来ておいて“お誕生日おめでとう”、俺にその言葉を掛ける事をしない君にはなんだか心の中が見透かされてしまっているようだね。
もちろん、特別な日ではないと言ってしまえば嘘になるけれど、今はそんな言葉を貰ったって例え君からであろうと嬉しくない。


もうテニスは出来ないかもしれない。
俺がそう宣告されている身にあるなんてまるで知らない、というような他愛無い表情でハミングをしながら紅茶の準備をする姿を見ていた。
君は会う度にどんどん綺麗になって、大人の女性に近付いていく。いつか俺が手を伸ばしても届かないところに行ってしまうのではないか、そんなじれったくもどかしい気持ちはこんなに俺の心を締め付けるのに、なぜか満たされる。君に恋をしている俺の心は病気の事も、テニスの事も忘れているみたいなんだ。

俺の視線に気が付けばそっとベッドまで歩み寄って、手を握ってくれる。今日が特別な日であるならば、もっと君の体温を欲しがっても許されるかもしれないなんて思うのは矛盾だと思うかい?君の身体に触れる時の力加減もよく知らないまま、もっと触れたい、その一心で腕を自分の方へ引いてみせれば、羽のように軽い重みが俺の上半身にふわりとかぶさる。俺の掌が腕を掴む弱々しい力は君の温かい重みにかき消されてしまって情けないと思うけれど、胸は高なり頬は熱くなる。

君は正真正銘、生きてるんだな。その温度を心地良いと思うのと同時になんだか不思議な感じがした。
ふわりとしたその感覚は、絶望に硬直した俺の身体を慰めていくみたいだ。
特に印象強く感じる訳ではない、仄かに鼻腔を掠めるだけの君の髪の匂いがもどかしい。ここへ来てからずっと、飲み込んで、我慢していた。動かない身体からいたずらに湧いて来る感情が今、背徳感と混じり合って炭酸の泡のように胸の中でパチパチと弾けてしまいそうなんだ。

望みのままに生きるって、なんて幸せで贅沢な事なんだろうな。俺にはまだ分からないけれど、今日なら少しだけ味わえるんじゃないかって、そう思ったから、ぎこちない指を君の後ろ髪に絡めた。

こんなに細くて熱のない、俺のこの身体で触れたって、君の胸をドキドキと高鳴らせたりはしないだろうね?
だけど、こんなに近くに居るんだから、俺にしか手の届かない距離に君の生きた温もりがあるのだから。例えこんな身体であろうと、俺は生きている、男であると実感させてくれるその体温に今は甘えたい。


「…ん……っ、力…入るじゃない…、」
『ふふ…、これぐらいはね…?』


どんどん可愛く魅力的になっていく君の事、他の男に取られたくなくて慌てて抱き締めようとするんだけど力が入らない。追いかけようとしても重たい足が上手く動いてくれない。そんな怖い夢を何度も見た。どうしても譲れない独占欲がたった一度のキスでどうにか出来るものでないと分かってはいるけれど、君が俺の恋人であるという事をその胸に深く刻み込んで一時も忘れて欲しくはないから。家まで送ってあげる事も、勉強を教えてあげる事も、夜中に長電話する事も、何にも君にしてあげられない俺が今出来る精一杯の“彼氏らしい事”かな。


「…精市の唇、熱かった。す…っごく、…ドキドキした。」


俺の体温を、君は感じてくれた。こんなに顔を真っ赤に染めてくれた君を愛おしいと、絶対に手離したくないと思う気持ちは俺が生きている証であり病に立ち向かう理由。


「精市の体に力が入るようになったら、…抱きしめて欲しい、潰れてもいいから、ぎゅっ…、て、して欲しい。」



病気が治ったら、もっと体鍛えてもっと格好良くなって、君を抱き締めたい。この腕で力いっぱいに。
そして来年のこの日には、大好きな君の可愛い声で“Happy Birthday!”何度でも聴かせて欲しいな。


『…抱き締める前に押し倒すかもね?』


また、格好つけて。そう言いたそうに少し呆れ顔で、でもちょっぴりはにかんだ君の表情、見逃さなかったよ?
俺が退院したら、もっとたくさん色んな表情を見せてくれるの?もっともっと近くで触れ合って同じ体温を共有できるのかい?
俺が今こうして過ごしている時間も、きっと未来のその日に繋がっているんだ。無駄な時間じゃない。そう思うと少し安心して、だけど不安で苦しくて。でもやっぱり君の笑顔を見ると希望が膨らんでくるからなんだか複雑で。こぼれた涙に頬が濡らされていく感覚がした。もう枯れたはずなのに、だけど俺一人の時に流れるそれとは全然違う物だという事は分かったから、我慢はしなかった。

プライドが高い俺の涙なんて見てはいけないって、思ったんだろうね?君は俺の顔が見えないように優しく身体で隠してくれた。




「精市、生まれて来てくれて、ありがとう。」







3/5、入院中にこの日を迎えた幸村くんの少し複雑な心境ってちょっぴり切ない。それでも純粋に彼女を想う真っ直ぐな気持ちを想像しました。
テニスの事、病気の事を考えては怖くなり、でも彼女を想うと生きる希望が湧く。その繰り返しで乗り越えていったのかな…って思いました。
夢主にとってはお誕生日がおめでたい以前に、生まれて来てくれてありがとう、その感謝の気持ちを伝える日という想いが強いのかなぁ。

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