Middle & Short
□雨が降るとき
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ザーザーと雨が降る中、わたしはお気に入りのカフェで本を読みながらコーヒーを飲んでいた
ここは表の通りから少しだけ奥に入った小さなカフェで、カップルが5組も来れば満席となってしまう
そして、今日はカップルが2組とわたしのようなお一人様が3人で満席だった
カラン…
雨もいよいよひどくなってきたとき、来客の音が鳴った
字を追っていた目を上げて入口の方に目を向ける
今しがた入ってきた男は金髪で特徴的なサングラス、ピシッと決まったスーツの上からはド派手なピンクの上着で
どうやったって、このカフェを目的に一人で来たようには見えない
「いらっしゃいませ。ただいま満席でして…」
慌てて店長が奥のカウンターから出てきて申訳なさそうに言う
「チッ…少しの間だけでいいんだが」
よくよく見ると、男のコートは水に濡れて髪からは滴がポタポタと落ちていた
どうやらこの雨の中、傘を持たずに歩いたらしい
「そうは言いましても…」
満席で座らせるわけにもいかず、かといって傘も持たない男を追い返すことができない店長は困り果てていた
「相席でよければどうぞ。」
いつもお世話になっているお店だし、ひどくなる一方の雨を見てわたしは声をかけた
予期せぬところからの声で2人が振り返る
「あぁ、紗良ちゃん。いいのかい?」
「わたしの方は大丈夫です。これを飲み終わったら帰りますので。それまでよろしかったらどうぞ。」
ありがとう、と頭を下げる店長に笑顔を返して、入口に立っていた男の人に席をすすめる
「助かった。迎えの車が遅れてて困ってたんだ。傘も持ってなかったしな。」
お世辞にも優しそうとは言えない男が礼儀正しく頭を下げる
「大丈夫ですよ。それよりもこれ、良かったら使ってください。そのままだと風邪ひいちゃいます。」
そう言って、わたしは読んでいた本にしおりを入れて鞄にもどし
ポケットからハンカチを取り出して渡した
「さすがに悪いからな。そこまでは……いや、借りよう。ありがとうな。」
一度断るために引っ込めた手を男はなにやら考えてから伸ばした
「…?ハンカチくらいなら差し上げますよ?」
男の行動の意味が一瞬分からなかったが借りるという言葉に気にしなくて大丈夫だと笑顔で答える
「ん?あぁ…そうか。でも、ハンカチは新しいのを買って返す。」
大丈夫だと言っているのに有無を言わせない物言いに、「もしもまた会うことがあれば受け取ります。」とだけ答えて窓の外を見る
「すごい雨ですね。」
「あぁ、そうだな。おかげでびしょ濡れだ。拭いたとはいえ、すまねぇな。」
何についての謝罪かと思えば、濡れたまま相席することについてだとようやく気付いた
先程のハンカチを受け取る際の間も
恐らく、びしょ濡れで目の前に座るよりハンカチを借りて少しでも拭いた方がいい
とわたしを気遣っての行動だったのだろう
……意外と常識があるというか、しっかりしている人なんだな
見かけで、悪そうだとか怖いなどと判断したことを反省したい
ピリリリ…ピリリリ……
男のポケットから携帯が鳴る音がした
「ちょっといいか?」
そう断ると、男は電話を取って話始めた
だが、物の数十秒で話は終わり、男は携帯をもとの場所に戻した
「迎えが来たらしい。」
「それは良かったです。風邪、ひかないでくださいね。」
「あぁ、本当に助かった。」とかけていたコートを羽織ると会計を済まして出口に向かう
男が滞在した時間はほんの10分くらいで、何も注文はしていない
なのに、会計をしていた
まさか、と思って席を立って追いかけようとしたものの
「また会えるといいな、紗良チャン」
男はそれだけ言い放って車に乗り込んでしまった
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