Middle & Short

□年上さんと年下くん
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朝8時43分、わたしはいつも会社に使っているバスに乗る
このバスだと始業の10分前に着くという少しギリギリの時間なのだが、どうも朝に弱いのと時間の使い方が下手というダブルパンチで何とか遅刻はしない程度にするのがやっと
バスで二駅という近場に家があるのは本当に良かった

そんなバスに週に2、3日くらいで乗ってくる男の子がいた
着崩した制服は近くの高校のもので、炎のような髪をした男の子
高校生が乗るにはこの時間のバスでは遅い
その上この見た目。優等生ではないのは明らかだった

そんな朝の通勤バスとは反対に、帰りは徒歩
まぁ、バス二駅くらいなら歩くことに支障はないし、社会人になってからみられる運動不足には丁度いい

金曜日という今日も例外ならず、23時に仕事がようやく終わり、歩いて帰る
自宅と会社が近いくていいのは終電を気にしなくていいこと
朝がダメなだけにどうしても残って仕事をしてしまう

やっと一週間が終わった〜、なんて思いながらも歩いていると駅前で見知った髪色の男の子を見かけた

赤い髪の男の子は顔を覆うくらい長い前髪をした金髪の男の子と一緒にゲームセンターで一生懸命UFOキャッチャーをしている


こんな時間まで遊んでて大丈夫なのかな?ご両親が心配するんじゃ…?
そんな心配も過ったが、きっとわたしが口出しすることではない


……そこで注意できるのがいい大人、なんだろうけど

むしろ、わたしはその2人を見て、明日くらいは羽目外して遊ぼうかな、と休日の予定を立てていた





そして土曜日
遊ぶ、と言っても友達を誘って騒ぐわけではなく、少しおしゃれをして一人で買い物に行くことに決めた
最近の休日はずっと家に籠ってダラダラと過ごしていたから、ちょっと久しぶりの買い物にテンションが上がる

本当は彼氏とデート、とかできればよかったんだけど…

そうは言ってもいないものはいないので、黙ってお気に入りのパンプスに足を滑らせて家を出る

久しぶりに来る街は洋服も靴も鞄も全て新作に変わっていて、乙女心をくすぐる

それからわたしは時間を忘れるように必要なもの、欲しいものを買い込んで、いつの間にか両手にいっぱいの買い物袋を抱えていた


時間を見て、そろそろ帰るか、と思ったところで若い大学生くらいの男の子たち3人に呼び止められた

「おねーさん、この後ヒマ?」

「ちょっと一緒にお茶しようよ」

「いいでしょ?」


なんだろう、と思ってみたらまさかのナンパ

この歳にもなってまさか若い子からされるとは思ってなかったわたしはびっくりして立ち止まる
それが、了承と捉えられたのか少しでも脈ありと見せてしまったのかグルっと囲まれて腕を引かれる

「あ、あの…」

行かない、と伝えたいのに3人で盛り上がってしまってる男の子たちには全く通じないみたい

頑張って掴まれている腕を振り払おうとしたらはずみで持っていた買い物袋がガサリと落ちた
それを「荷物多いね、持ってあげるよ。」なんて取られちゃったら最早人質を取られたようなもの

仕方がなく一杯くらいのお茶に付き合うか、と諦めたとき、後ろからガッと肩を抱かれた


さすがに嫌だと振り払おうとしたところ、そこに立っていたのはナンパの3人の誰でもなく、赤い髪の毛のバスの不良くんだった

「えっ…?」

驚きの色を隠せず声を上げると、わたしを見下ろす不良くんと目が合った
それに不良くんは「フッ」と笑うと、ナンパの3人組を一瞥して「女の落とし方がなってねェな。こうやんだよ。」と言ってわたしを引き寄せた

そのまま顔が近付き、まさかキスされる!?なんて目を睦ったけれどそれらしい衝撃は来なかった
恐る恐る目を開けるとそこにはドアップの不良くんの顔

自分の早とちりだったかと思うのと、男らしく整った顔が近くにあるのとでどんどん顔に熱が集まってくる
それとは反対にちょっと期待をしてしまった自分の唇が少し寂しく感じた


ようやく近かった顔が離れたとき、そのままぎゅっと不良くんの方に体を寄せられて、少しもたれるように体重を預ける
そのまま顔だけ3人の方を向けると、角度的にだったのか本当にキスをした様に見えたらしく、「シラケた」なんて言いながらわたしの荷物を置いてどこかへ行ってしまった


ようやく、不良くんがナンパから助けてくれたことを理解して慌てて「ありがとう」と頭を下げる
不良くんはなんでもないとでも言うように「あぁ」とだけ返した

「……まぁ、知った顔が困ってたからな」

小さな声で言われたその言葉にわたしは驚いて不良くんを見上げる

「なんでわたしを知ってるの」
そんな言葉が顔に出ていたのか、不良くんは「あんた朝のバスが一緒の人だろ?」なんて言葉を続けた

「すごい、わたしのこと知ってたんだ」

目立つ不良くんとは別に、わたしはどこにでもいるような会社員
まさか自分のことが認知されてるとは思ってもいなかったので驚いた

「そりゃ3年間も同じバス乗ってりゃあな。」なんていうけれど、わたしは不良くんがわたしのことを知っていたのが少し嬉しかった



「じゃあまた月曜。」

そう言って後ろを向いて片手を上げる不良くんはカッコよく見えた

その後ろ姿を見ながら、触れられなかった唇に手を当てる

ナンパを追い払うためにわたしを落とす、なんて言っていたけれど、わたしは本当に落ちたのかもしれない


ドキドキする心臓を抑えて、そんなことを思った





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