Middle & Short
□またな。
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それから数ヶ月、どうやらわたしが抱いた違和感は確固たるものに変わった
遠征に出ても、上陸してもドフラミンゴが一向に現れない
もともと約束があるわけではないし
そもそも、遠征も上陸も不定期であり、毎回会える方がおかしいのだ
けれど、慣れというのは恐ろしいもので会えないという事実がわたしを苦しめていった
指輪をもらった次の遠征、わたしはしっかりと指輪を付けて街へと降りた
とりあえずお礼を言って、いつももらってばかりだから今回はわたしが何かできないか、なんて考えながらドフラミンゴが来そうなところを歩き回った
にも関わらず、その遠征の間、ドフラミンゴは姿を現さなかった
それは楽しみにしていた分、わたしの心にずっしりと重くのしかかった
しかし、毎回会える方が奇跡でドフラミンゴも忙しいのだろう、そう言い聞かせてそのときは九蛇へと帰った
けれど、次も、その次も上陸してもドフラミンゴに出会うことはなかった
その度にドフラミンゴだって忙しいんだ、今まで会えていたのが運がよかっただけ、と呪文のように唱え、その度に胸が締め付けられるように苦しかった
けれど、自分を騙すのも限界が来るもの
あれだけ毎回会いに来てくれたのにも関わらず、もう4、5回の上陸で会えないとなるとわたしの身体も限界だった
ドフラミンゴに会わなくなってから5回目の遠征が終わったとき、わたしは胸の苦しさのあまり呼吸がうまくできず、倒れた
「紗良っ!!」
突然胸を抑えて倒れたわたしに、九蛇のみんなが駆け寄ってきてどうしたの、と声をかけてくる
けれど、わたしは上手く呼吸ができなくて「ハァハァ…」と短い呼吸を繰り返すだけ
体の四肢にも力が入らなくて立ち上がれないわたしを九蛇のみんなが担ぎ上げて病院のベッドへと運んでくれた
しかし、それで楽になるわけでもなくわたしの胸はどんどんと苦しくなる
胸が締め付けられるようで、呼吸ができないのだ
痛み、というよりは押しつぶされるような圧迫感があり、ただ苦しい
それなのにわたしの頭の中に浮かんでくるのはドフラミンゴ
ドフラミンゴに会いたい
その想いだけがわたしの頭を支配する
しかし、そう思えば思うほど会えなかった5回の遠征がわたしの胸を抉るように深く心に突き刺さる
「……これはもしかして…」
何も喋らず、胸を抑えるわたしを診察していたベラドンナが小さく呟き、近くにいたエニシダに「ニョン婆様を連れて来て」と少し焦った声で言った
「ベラドンナ……?」
その焦りの混じった声に、わたしの体はどうしてしまったのかと不安になり、彼女を呼ぶと、「大丈夫」とわたしの手を優しく握ってくれた
「紗良の容体は?」
その言葉と同時にニョン婆様が現れ、ベラドンナが駆け寄った
「ニョン婆様!!紗良なんだけど…苦しいと胸を抑えているから心臓を診てみたのに特に異常はなくって。それに蛇姫様が以前苦しんでいた様子に似ていて、もしかして、と思ったんだけど…」
「フム……なるほど。」
一気に説明を受けたニョン婆様は1つ相槌を打ってからわたしの側へと寄り添った
「紗良、今、会いたい人はおるか。」
静かに紡がれたその質問に、ドフラミンゴの顔が思い浮かび、もらったその日からずっとつけている金の指輪に指が自然と触れる
ドフラミンゴに会いたい
そう思うと同時に涙が一筋流れ落ち、わたしは頷いた
その答えにニョン婆様は「そうか」と呟いた
「…ベラドンナ、おぬしの予想は当たっておる様じゃな。これは恋煩いじゃろう。が、どこの誰に恋をしたのか知らなければ救えるものも救えぬ。…紗良。その会いたい人の名を教えてくれニュか。」
そう言われて名前を口にしようとするも、わたしの目からは涙が溢れ、口からは嗚咽が漏れた
「っつ……、も…もう会えない。きっと…うぅっ…っ。」
そう言ったわたしにニョン婆様は眉をひそめて「なぜそう思うのじゃ。」と聞いてきた
「…だ、だって……いつもまたな。って、またな。って言ってたのにっ!!っ…なのに…っ、最後に会ったときはバイバイって言われた……」
最後に見たドフラミンゴの顔を思い浮かべるだけでまた胸が苦しくなる
あのとき感じた違和感は本当に些細なことだった
いつも「またな。」っていつかは分からないけど次も会おうと言われているような別れだったのに、最後は「バイバイ」というもう会うつもりはないような言葉だった
気のせいだと気づかない振りをしたけれど、実際にもう会いに来てくれないのだからその言葉の違いから目を背け続けることができなかった
そう思うとまた胸が締め付けられて涙が溢れてくる
そんなわたしの横で、ニョン婆様は「いつも、じゃと…!?」と言葉を漏らした
「そなた、遠征に出てから日が浅いと聞くが…そもそもいつの間に男なんぞと会っておったのだ」
ニョン婆様に驚かれながらそう聞かれてしまえば、わたしも誤魔化すことは出来ず少しづつ話した
「…初めての遠征のときに声をかけられたんだよ。もちろん、慣れあうつもりはなかったけど。」
そう呟く様に言えば、ベラドンナが「……それであのお使い、時間がかかっていたのね。」と納得したように頷いた
「……うん。それから上陸の度にいつもわたしを見つけ出して現れては色んなものをくれた。……決まってわたしが一人のときに来るから九蛇のみんなには何も言ってなかった。だけど、バイバイと言われたのが最後、もうしばらく会っていない。」
わたしはそれだけ言うと、また込み上げてきた涙を止めるように瞼を閉じた
「そうじゃったか。…して、紗良。その者の名を教えてはくれまいか。」
再び、名前を聞かれれば、わたしは瞼を閉じたまま深呼吸をし、それからニョン婆様を見つめると少し震えた声で答えた
「ドンキホーテ・ドフラミンゴ」
それからしばらく病室にはシーンとした静寂が流れた
全員が冷や汗と驚愕の表情を浮かべていた
誰も動かず、言葉を発することも躊躇われた中でニョン婆様が一番に聞き返してきた
「………誰、じゃと…?」
「……ドンキホーテ・ドフラミンゴ」
「………七武海の…?」
「……うん。ピンク色のふわふわしたコートとふざけたサングラスを掛けた男。」
信じられないというニョン婆様の確認に一つずつ頷いていく
しかし、どれだけ確認をしてもやはりドンキホーテ・ドフラミンゴはドンキホーテ・ドフラミンゴでこの世界には1人しかいない
ニョン婆様はとても深刻そうな顔をして頭を抱えた
「なんということじゃ……。ドフラミンゴと言えば七武海というだけではねく、色々な黒い噂も聞く…」
そう呟くニョン婆にベラドンナが「…ニョン婆様、相手がどんな男であろうと紗良を救うためにも一度2人を会わせるべきでは…」と声をかけるが、ニョン婆は顔を険しくしたままゆっくりと首を振った
「そうできたら一番なのじゃが、ドンキホーテ・ドフラミンゴがいるのは新世界。どうあってもあの世界の中枢であるマリージョアかそこに限りなく近いシャボンディ諸島を通過しなくてはならぬ。それをあの政府嫌いの蛇姫が許すかどうか……」
そうニョン婆様は沈んだ顔で答えた
そこに蛇姫様とその妹のサンダーソニア様とマリーゴールド様が現れた
「「蛇姫様っ」」
その姿を見て、わたしのベッドのを囲うように周りにいた仲間たちは端に寄った
そのまま少し重い沈黙が流れたあと、蛇姫様はわたしの元まで近寄り、そっとわたしの頭に触れた
「構わぬ。さすがに新世界までは行かせてやれぬが、シャボンディ諸島ぐらいまでなら行ってくるが良い。」
「蛇姫様……っ」
「愛しき人に会えぬ苦しみはよく分かる。政府中枢に近い故、わらわは行かぬが、おぬしが行く分には構わぬ。九蛇海賊団と護国の戦士の数名を供に連れていけ。」
蛇姫様はそれだけ言い残すとさっさと病室を後にした