dream
□優しさに付け入る
1ページ/1ページ
「今日も疲れたな…」
隣で梅酒を飲んでいたななしが、呟いた。
「てやんでぃバーローチクショー!年が明けたばっかりだってのに、なに弱気になってんだよこんチキショー。おい一松、ななしを労ってやんな!」
「……なんで俺」
「てやんでえ!お前がななしを労ってやらねぇで、誰がななしを労ってやるってんだバーロー」
「チビ太!……梅酒追加」
ななしは顔を真っ赤にしてチビ太に梅酒を頼む。
チビ太は梅酒の準備をしながら、クソ松みたいなドヤ顔で僕に目配せしてくる。
ななしは最近、新しい仕事を始めたらしい。前より給料がよくて、前より忙しい仕事。残業もたくさんあって、よく仕事帰りにチビ太の屋台に寄っては愚痴を零して帰るらしい。
全部、数日前にチビ太から聞いて知った話。社会人になって、ななしが働き始めてから、ななしとは暫く会ってなかった。
今日こうして二人で酒を飲んでるのも、チビ太に誘われたからだった。
ななしとは昔からたまに一緒に遊んだりしてて、他に友達がいない僕は当然のようにななしを好きになった。いつだったかななしも僕のことを好きだと言ってくれて、本当に嬉しかったのを今でも覚えてる。だけど、それももう昔の話。
ななしはそんなこととっくに忘れて、立派な社会人になってる。過去のことをいつまでも引きずってるゴミクズニートの僕とはもう、住んでる世界が違う。
そう思ってた。チビ太から話を聞くまでは。
『まったく、お前は幸せもんだな一松!ななしにあんなに想ってもらえてよ!…惚れた男を養う為に頑張って働くなんて、いじらしい話じゃねぇかこんチクショー』
「……ななし」
いい具合に酔いが回ってきた頃、僕はななしに話しかけた。
「チビ太から聞いたんだけど。…俺を養う為に働いてるって本当なの」
「え」
チビ太がお前いきなり、と言うのが聞こえた気がした。だけど僕には回りくどい聞き方なんてできない。
ななしの耳が一気に赤くなる。恥ずかしいときとか照れたとき、ななしはすぐ耳が赤くなる。そこは昔と変わってない。
「……、うん…」
ななしは俯いて返事をした。
俯いたって、真っ赤な耳は丸見えのままなのに。
「なんで先に俺に言ってくれなかったの」
チビ太からじゃなくて、ななしから直接聞きたかった。
「それは、」
「なんで一言言ってくれなかったの。何の連絡もなしにいなくなって……ななしはもう俺のことなんて、どうでもいいんだと思ってた」
酒の力っていうのは凄いと思う。
普段は言えないことでも、簡単に言える。
「…ごめん、一松」
こんなの僕のわがままだ。ななしが謝ることなんてない。だけどどこまでも優しいななしは、申し訳なさそうに僕に謝る。
……馬鹿だよね、相変わらず。そんなだから、僕みたいなのに付け入られるんだよ。
「…謝るより、約束してよ」
僕はななしの手を取って、ななしの小指と自分の小指を絡ませた。
「もう離れないで。ずっと一緒にいて。…俺みたいなクズ、養おうなんて物好きはななししかいないんだから」
そうして僕はまた、ななしの優しさに付け入る。
そしてななしはまた、そんな僕に優しい笑顔を向けてくれるのだった。