dream

□ご機嫌ななめは誰のせい
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私は今、松野家の居間で緑茶を飲んでいる。
部屋には私と一松の二人きり。先程から会話らしい会話は交わしていない。部屋に響くのは、私が緑茶を啜る音とテレビから流れるバラエティー番組の音。……正直気まずい。


別に一松に対して苦手意識を持っているとか、仲が悪いとかそういう訳ではない。
一松は六つ子の中では物静かなほうで、確かに他の兄弟達と比べたら今まで会話した数は少ないかもしれない。
だけど、一松が抱いている猫を撫でさせてもらったり、話をしている最中に十四松が割り込んできて三人で話をしたり、さして意識することなく普通に接してきた。

ただ、今日のように十四松も猫もいない、純粋に一松と二人きりになることは今までなかった。しかも、


「今日は猫、いないんだね」

部屋に入った私が一松を見て最初に気づいたことを指摘した時。
一松はぎろり、と不機嫌そうに私を睨みつけ、

「……今日は、いない」

そしてテレビに視線を戻した。
猫がいないせいか、随分ご機嫌ななめのようだ。今日に限って何故猫がいないのか聞ける雰囲気でもない。
そこでそのまま帰ればよかったのかもしれないが、用もなく遊びに来た手前『一松しかいないなら帰るね』というのもなんだか気が引けて、結局部屋に居座ることにした結果が今の状況である。



「クソ松と釣りに行ったらしいね。二人で」

未だ不機嫌なオーラを放ったまま、一松が唐突に口を開いた。
クソ松、というのはカラ松のことだろう。相変わらず酷い言われようだ。

「あ、うん。行ったよ」

「…あんな奴と二人で釣りとかよく行くよね。恥ずかしくないの?」

「うーん……もう今更って感じかな」

「へぇー……」

一松がやたらと間延びした相槌を放つ。そしてまた沈黙が訪れる。
私はどうにか会話を続ける為、深く考えもせずにそのまま同じ話題を一松に振った。

「そうだ!今度一松も一緒に行かない?三人で…」

「は?」

瞬間、部屋の空気ががらりと変わった、ような気がした。
……ああ、どうやら地雷を踏んでしまったらしいと、直感的に感じ取る。
一松はゆらりと立ち上がり、ふらふらと私のほうへ近付いて来た。


「…何言ってんの、行く訳ないしそんなの」

最早不機嫌を通り越し、やけに落ち着いた抑揚のない声が耳に木霊する。
一松は私の目の前でしゃがみ込み、ずい、と顔を近付いてきた。

「ていうか前から思ってたんだけど、こんな男だらけの部屋に頻繁に上がり込んで来て、何なの?危機感とかないの?今日だってこんな短いスカート履いて来てさ」

言いながら一松は、私のスカートの裾を摘んで持ち上げる。
咄嗟に止めようと手を伸ばしたが、それよりも早く伸びてきた一松の腕が、私の手首を掴む。

「しかも今日なんて、俺とあんたの二人きり。俺しかいないのに部屋から出ていく気もないみたいだし……完全に誘ってるよね。ねぇ、ななし」

一松に名前を呼ばれた瞬間、ぞくり、と背筋に悪寒が走る。
……否、悪寒というよりも、高揚。今まで聞いたことのない、ねっとりとした一松の声音が、身体中に響き渡るような感覚にぞくぞくする。堪らなくなって、私は一松から顔を背ける。
私のその反応を見た一松の喉が鳴るのが聞こえた。


「…本当に期待してるんだ。顔真っ赤にして……雌の顔してるよ、今。……淫乱」


そう、心底愉しそうに歪んだ笑みを浮かべる一松に、私は完全に心奪われた。

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