dream

□熱に溺れる(一松Ver.)
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「37.8度か、結構高いね」

「…別に看病とかいらないから。ななしもみんなと一緒に行けばよかったのに」

「そういう訳にはいかないよ」


そう言ういながら私は、布団に横になっている一松のおでこの上の氷水を取り替える。

今日はトト子ちゃんのライブの日だった。松野家の六つ子と共に私も参加する予定だったのだが、昨日から一松が風邪を引いたので、一松は留守番、私は一松の看病の為に松野家に残り、一松以外の兄弟達はトト子ちゃんのライブへ行っているというのが現状である。

一松の側には見慣れない子猫がいて、心配そうに一松の様子を伺っている。
一松は何も言わないが、おそらく風邪を引いたのはこの猫が関係しているのだろう。


「お腹空いてない?何か欲しいものある?」

「…じゃあ、こいつに餌やって。そこの右下の棚に入ってるから」

そしてやはり自分の事より猫優先である。
一松に言われた通り棚を開けると、キャットフードと餌入れらしき皿が入っていた。それぞれを両手に持って棚から取り出す。すると餌の匂いに釣られたのか、子猫が鳴き声を上げながら私の足元に駆け寄ってきた。可愛い。


「この子どうしたの?可愛いね」

餌入れに餌を入れながら、一松に聞いてみた。

「…昨日、川で拾った」

「川?」

「川で溺れかけてた」

「…それで、この子助けたから一松は風邪引いたの?」

「…だって助けるでしょ、普通」

一松が少しむっとした様子で応える。
相変わらず猫馬鹿だ。だけどそこが一松の美徳だと私は思うし、一松の魅力の一つでもあると思う。
夢中で餌を食べる猫をひと撫でし、私は一松のほうを向き直った。


「一松自身は何かしてほしいことある?今日は何でもしてあげるよ」

「…ん?何でも?」

「何でも!」

見ず知らずの猫を助ける為に風邪を引いたのだ。良いことをしたのに、悪いことしか起きないというのは理不尽だ。だから、せめて私に出来ることくらいならしてあげたいと思った。…多少無茶な要望でも、今日くらいは聞き入れてあげようと腹をくくる。



「…じゃあ、ちゅーして。マスクは外さなくていいから」


一松から返って来たのは、予想以上に控えめな要望だった。
…私達は一応、そういう関係な訳で、今までもキスをした事がない訳ではない。一松はいつものようにマスクをしていて、今日は私も予防の為にマスクをしている。これでこのままキスをしたとして、果たしてそれはキスと言えるのだろうかと思う。
そんなのでいいの、と聞き返そうとしたが、じっと見つめてくる一松の期待の篭った目を見る限り、本気のようだ。


「…わかった。じゃあ、目、閉じて」


私がそう言うと、一松は大人しく目を閉じた。あまりに素直に従ってくれたので半目を開いているのではと疑ったが、どうやら本当に閉じているようだ。

それを確認した後、私は目測でマスク越しに、一松にキスをした。
カサ、とマスクとマスクが触れ合う音がする。が、目測を誤り少し位置がずれていた為、そのまま少し唇を離してから再度キスをする。途端、

「……っ!」

マスク越しに、唇に熱い何かが触れた。それが一松の舌だと理解できた瞬間、咄嗟に離れようとしたが、一松のほうが動くのが早かった。腕を引かれて、そのまま一松に覆い被さる形になる。そしてキスをしたまま抱きしめられる。

「ん……」

マスク越しに舌で唇をなぞられ、その度にマスクの擦れ合う音がする。なんだかいけない事をしているような、えもいわれぬ感覚に陥る。直接触れ合っている訳ではないのに、触れたくても触れられない焦ったさの所為か、普通のキスよりもずっといやらしく感じる。
マスクが湿り気を帯びてきた頃、ようやく一松から解放された。


「…っ、は……」

「……はぁ、これ、やば…。いつもより興奮する…」

恍惚とした瞳で一松は私を見上げてくる。きっとマスクの下の口元には、いつもの意地悪気な笑みを浮かべているに違いない。


「…ねぇななし、今日は何でも言うコト聞いてくれるんだよね…?」


そう言って、返事をするより先に再びキスをされれば、私はただ頷くことしか出来なかった。

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