dream
□掌から伝わる温もり
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「今日はありがとうございました。ご馳走様でした」
少しの名残惜しさを感じながら、私は松野家の玄関で靴を履き、後ろを振り返って松代さんに頭を下げた。
「いいのよ、またいつでもいらっしゃい」
松代さんの言葉に、隣の松造さんが笑顔で頷く。
「ななしちゃん!またねー!」
「また遊びに来いよー」
私を見送る為に、その周りには六つ子も揃って…………揃っていない。一、二、三、四、五……同じ顔が五つしかない。カラ松が、いない。
そう思っていると、家の奥からカラ松の足音が聞こえてきた。
「それじゃあ母さん、行ってくる」
「ええ、気をつけるのよ」
カラ松は家族の間を縫って出ると、靴を履き、玄関の戸を開いた。その手には懐中電灯が握られている。
「行こう、ななし」
「え……」
「夜道は危ないからな。家まで送る」
そう言って、カラ松はいつもの笑顔で私に手を差し出した。
「……夜はまだ冷えるな。ななし、寒くはないか?」
「……大丈夫。全然大丈夫」
むしろ暑い。
カラ松とはもう何度かデートをしたが、こうして手を繋いで歩いたことは今までなかった。
カラ松はどちらかというと華奢な身体つきだが、繋いだ手は意外と大きくて、男の人なのだと再確認させられる。しかも今は夜中。元々人通りの少ないこの道で通りすがる人など一人もおらず、暗い夜道にカラ松と二人きり。この状況で手を繋いで、緊張しないはずがない。辺りは静まり返り、聞こえるのは二人分の足音と、遠くから響いてくる犬の遠吠えと、ドクドクとうるさい自分の心臓の音。そして、
「今日は急に誘って、迷惑じゃなかったか?」
耳に心地良い、カラ松の声。
「ううん、全然!……あんなふうに誰かと一緒にご飯食べるのなんて、久しぶりだったから楽しかった。誘ってくれて、ありがとう」
「そうか、よかった」
……カラ松とデートを重ねて、気付いたことがある。
カラ松が私に何かをしてくれて、それに対して私が喜んだりお礼を言ったりすると、カラ松は今みたいに嬉しそうに笑うのだ。まるで他人の幸せが、自分の幸せかであるかのように。トド松は尊ぶべき存在ではないと言っていたけど、こんなの、尊いとしか言いようがない。尊くて、愛しくて。私は……
「……カラ松のそういうところ、大好き」
堪らなくなって、言葉にした。
「えっ」
暗がりの中でも、カラ松が驚く顔が見えた。
が、次の瞬間、チリンチリン!と突然背後から自転車のベルの音が聞こえてきて、私とカラ松は同時に身体をビクつかせた。通り過ぎ様にチッと舌打ちが聞こえた気がした。……先程の台詞を聞かれてしまったのだろうか。そうだとしたら、見ず知らずの人だとしても少し恥ずかしい。
「……場所を変わろう」
カラ松は唐突に繋いでいた手を離すと、私の反対側……車道側に移動した。
そのまま反対側の手を握り、そして、
「……っ!?」
先程と違い、するり、と指が絡められた。私の指とカラ松の指が、控えめに交互に絡まって……俗に言う恋人繋ぎ、という奴だ。そしてそのまま、カラ松のパンツのポケットに手を入れられ、おのずと肩と肩が触れ合うくらい距離が縮まる。
「か、カラ松っ、あの、これは、その……」
「……嫌か?」
不安げにカラ松が聞いてくるものだから、全力で首を横に振った。
するとポケットの中のカラ松の手が、一瞬緩んだ。そして今度はしっかりと握り直される。握られたカラ松の手が熱い。
「……フッ。俺はどうしたって周りを魅了する罪な男、ギルトガイ……」
そしてこのタイミングでカッコつけるカラ松。愛しい。
本当に罪な人だと、私は心の中で呟いた。