dream

□班長さんと私(前編)
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町外れにある、見た目も中身も真っ黒な工場、ブラック工場。
その社員食堂で私は働いている。従業員の就業時刻に合わせて、朝から晩まで働き詰め。正直もう辞めたいと、何度思ったことか。
だけどこうして辞めずに働くことができているのは、ひとえにとある人のおかげであると私は思う。


とうに日も暮れた時刻。
今日も一日の仕事を終え、食堂のゴミを集めつつ戸締りをして帰り仕度をする。帰ると言っても工場に隣接している社員寮にだ。食堂で一番新人の私は、帰る前に職場のゴミをゴミ置き場まで持って行くという作業が残っている。いつものようにゴミをすべて台車に乗せると、裏口の扉を開く。

「……おつかれ」

外に出た瞬間、聞き慣れた声がした。
声のした方を向くと、扉の側にしゃがみ込んで煙草を吸っている作業服姿の男の人がいた。左腕には「班長」と書かれた布が巻かれている。

「おつかれ様です、班長さん」

私はいつものように挨拶を返すと、扉の鍵を閉めた。
班長さんはそれを確認すると、煙草を地面に押し付けて立ち上がった。そしていつものように無言でゴミ置き場のほうに向かって歩き出す。




私と班長さんの出会いは、数週間程前に遡る。
あれは、月明かりの少ない夜。私はいつものように、ゴミ処理場へと一人向かっている最中だった。

ぽつりぽつりと切れかけの電灯が並ぶ工場の隙間を、カラカラと台車の音を立てながら進んでいく。
食堂からゴミ置き場へと繋がるこの小道を利用するのは食堂の従業員くらいらしく、ゴミ捨ての際に他の部署の従業員と出会うこともなかった。
なかったのに。不意にじゃり、と背後から足音が聞こえてきたのだ。私が立ち止まると、少し遅れて背後の足音も止まった。
私は反射的に後ろを振り返った。が、それとほぼ同時に、背後から口元を押さえられた。

「っ……!」

「騒ぐな」

低い、男の人の声。
咄嗟に身を捩るが、力で男の人に敵う訳もなく。後ろ手に掴まれ、抵抗した勢いで台車が音を立てて横転した。そのまま腕を引かれ、壁際に追いやられた。

「んぐっ……!」

「大人しくしろ!」

横からもう一人、別の男がナイフを私に突き付ける。
途端に身体が硬直し、恐怖が込み上げた。ナイフを持った男は片手で私の両手を頭上で固定して、何が楽しいのか口元にはにやにやと気持ちの悪い笑みを浮かべていた。

……嫌だ、怖い、気持ち悪い、放して、死にたくない、助けて、誰か。

ナイフを持ったままの男の手が私の服にかかった、その瞬間。
後ろ側に立っていた男が「うぐっ」という呻き声を上げて、突然膝から崩れ落ちた。

その背後には、もう一人、男の人が立っていた。
目の前の男達と同じ作業服に身を包み、同じ帽子をかぶっている。ただ一つ違うのは、その人の左腕には「班長」と書かれた布が巻かれていた。

「な……くそっ!」

ナイフを持った男が、私から離れてその人に襲いかかる。
あっと思ったのも束の間、その人……班長さんは、ひらりと身軽な動作でナイフをかわした。襲いかかった男がそのまま前のめりになる、足を引っ掛けられたらしい。しかし男が倒れるより先に、班長さんの膝蹴りが男の腹に見事に決まる。そして先程の男と同じように、呻き声を上げながらその場に跪いた。
時間にして、ほんの数秒の出来事だった。その軽々とした身のこなしは、まるで猫のようだと思った。

その後、男達は逃げるようにその場を立ち去った。
その場に残った班長さんを見ると、いつ奪ったのか、その手には先程の男が持っていたナイフが握られていた。
そのまま視線を上げると、こちらを見ていた班長さんと目が合い、思わずびくりと身体が跳ねる。
班長さんは手元のナイフを一瞥した後、ナイフを手放した。かしゃん、と音を立ててナイフが地面に落ちる。班長さんはそのままくるりと身体の向きを反転させると、のそのそと歩き出した。
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