dream

□翻弄される
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「田中さん、外線。松野さんから」

「……えっ?」

デスクワーク中、同僚から電話を回された。
「松野」と言われて真っ先に思い浮かぶのはカラ松だが……今は仕事中だ。仕事中に電話をかけてくるようなことを、カラ松はきっとしない。じゃあ誰だろう。いや、もしかしたら急用かもしれない。松野いう名字の人など、仕事関係の人にいただろうか……等と、電話に出るまでの短い間に思考を巡らせる。


「……はい、お電話代わりました。田中です」

『あ〜、もしもしオレオレ。松野家の二男、カラ松。えーっと、今日も馬車馬のように働いてるか?ハニー?』

「いいえ、違います」

一言そう告げて私は電話を切った。
……カラ松な訳がない。カラ松はあんな適当な喋り方ではないし、なんの悪びれもなく職場に電話してくるはずがない。完全に松野家の誰かによるカラ松詐欺である。……なんだかんだで少しでも期待してしまった自分が恥ずかしい。
そして再び電話が鳴った。ディスプレイに表示されているのは、松野家の固定電話の番号。

「……はい」

『いきなり電話切るとかちょっと酷くない?お兄ちゃんせっかくいいこと教えてやろうと思って電話したのに』

自分のことをお兄ちゃんと言うことから、どうやらおそ松のようだ。

「私に兄はいません」

『カラ松と結婚したらお義兄ちゃんだろ?』

「何の御用でしょう、お義兄さん」

私の返事に気を良くしたらしいおそ松義兄さんが、電話越しにへへっと笑う声がした。


『カラ松が風邪ひいた』




定時で仕事を切り上げた私は、松野家へ直行した。
居間へ入ると、カラ松以外の兄弟が勢揃いしていた。……みんな元気そうだ。カラ松だけがこの場にいないということに、ずきりと胸が痛む。
そしておそ松に案内されて、カラ松が隔離されているらしい二階の部屋へと通された。


「カラ松ー、ななしちゃんがお見舞いに来てくれたぞー」

「お、お邪魔します…」

おそ松に続いて部屋に入る。
部屋の真ん中には布団が敷かれていて、カラ松はその布団に横になっていた。私とおそ松に気付いたカラ松が、こちらに顔を向ける。真っ赤な顔に、いつもと違って重そうな瞼。見るからにしんどそうだ。

「……カラ松、」

「おそ松」

私がカラ松に声をかけるのとほぼ同時に、カラ松がおそ松を呼んだ。その声はいつもより数段低い。

「……何故ななしに知らせたんだ。わざわざ知らせるようなことでもないだろ。心配させるだけだ」

「いやぁ、だってみんなが一斉に風邪引いたならともかく、お前だけとか絶対看病したくないじゃん?めんどくさいし。ななしちゃんなら喜んで看病してくれると思ってさー」


へらへらするおそ松に睨むような視線を向けるカラ松。
その普段見ることのない表情に、不謹慎ながらもどきりとしてしまう。
……似たような表情を、以前、一度だけ見たのをふと思い出す。カラ松と初めてデートをした日。私が通りすがりの人にぶつかってしまい、その人に怒鳴られているところを、カラ松が助けてくれた。
思えば、私はいつもカラ松に助けられてばかりだった。今回だってそうだ。傘を忘れた私は、カラ松が迎えに来てくれたおかげで家に帰れた。そしてきっと、カラ松が風邪を引いたのは、そのせいだ。


「カラ松……」

おそ松の隣を通り過ぎ、カラ松が横になっている布団の傍に座る。
カラ松は未だおそ松に何か言いたげにしていたが、私が傍に座ると視線を私のほうへ向けてくれた。

「……ハニー、すまない。迷惑をかけてしまって」

カラ松の言葉に、私は大きく首を横に振る。

「迷惑なんかじゃないよ。それに……だって、カラ松が風邪引いたのは、私の、」

言いかけた私の唇に、カラ松の人差し指が触れた。

「ノンノン。それは違うぞ、ハニー。だから、その先は言葉にしちゃだめだ。OK?」

弱々しく微笑みながら、カラ松は私に諭すように言った。
……唇に触れたカラ松の指が熱い。それに思いの外柔らかい。その感触に、私は声を出すことが出来なかった。私が黙ったままでいると、それを肯定と受け取ったらしいカラ松は、笑みを深くした。そして、


「……いい子だ」

そう呟いて、私の頬を撫でた。


「っ……!!っぁ、こ、私……氷水!取ってくるね……!」

耐えきれず私は立ち上がり、その場から逃げるように部屋を後にした。

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