dream

□次男だから
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もしも私が松野カラ松の妹としてこの世に生まれてきていたのなら、私は私の出生をひどく恨んだだろう。カラ松の、兄としての片鱗を見せられる度に思う。
だけど幸い、私とカラ松に血の繋がりはない。更に幸せなことに、私とカラ松は現在、恋人同士という間柄にある。



部屋の真ん中で胡座をかいて座っているカラ松は、どこか上の空だ。
今日のカラ松は、私の家に来てからというものずっとこの調子だ。

「今日は元気ないね、どうかしたの?」

キッチンから戻ってきた私は、淹れたてのレギュラーコーヒーの入ったマグカップを机の上に置きながら、カラ松に尋ねる。

「ありがとう。……いや、大したことじゃないんだ。気にしないでくれ」

マグカップに手をかけながら微笑むカラ松の笑顔は、明らかにいつもと違う。私を心配させまいと、無理に作っている笑顔だということが一目でわかる。
……ああ、まただ。カラ松はたまに私のことを、妹のように扱う。まるで「お前は何も心配しなくてもいいんだぞ」とでも言うように、いつも優しい笑顔で私を包み込むのだ。それはカラ松が六つ子の次男であるが故の性分なのか、私がカラ松よりも年下だからなのかはわからない。いや、おそらく、その両方なのだろう。
だけどカラ松が小さなことで悩むような性分ではないことを、私は知っている。カラ松がこんな表情を私に見せるということは、きっと余程の悩みを抱えている。


「……私には、言えないこと?」

カラ松の隣に腰を下ろして、問いかける。

「いや、そういう訳じゃないが、」

「なら、教えて?……私に、力になれるかどうかはわからないけど、聞くことなら出来るから。一人で抱え込まないで。私はカラ松の妹じゃなくて、彼女なんだから」

そう告げると、カラ松ははっとしたように私を見た。そしてつかの間の沈黙の後「…そうだな」と微笑み混じりに呟き、手元のマグカップに視線を移した。

「……おそ松と喧嘩したんだ」

「……喧嘩?」

「ああ……いや、喧嘩と言うべきなのかどうかわからないが…」

カラ松はコーヒーを見つめながらしばらく何事か思案した後、顔を上げ、真っ直ぐ前を向いて話しだした。

「あいつは長男だが、駄目なところが多い。もちろん、いいところもある。他のブラザーには話さないような悩みも、俺はおそ松だけには打ち明けることが出来るし、他のブラザーもきっと、おそ松のことをなんだかんだで兄として慕っているんだと思う。だけど、あいつがどうしようもなく誤ったことをしたときは、俺がその過ちを正してやらなければならない。俺は次男だから。……それが松野家の次男としての、俺の役目だから」


「……っ」

そう語るカラ松の横顔は、いつものキメ顔ではなく、いつになく真剣な表情で。思わず見とれてしまった。

「……まあ、こんなことを言っている俺も完璧ではないんだが」

そうしてカラ松は自嘲するように笑う。
……自分で聞いておきながら、こんなときどんな言葉をかけるべきなのかわからない。だけど、

「私は……カラ松が私のお兄ちゃんじゃなくて、本当に良かったと思ってる」

「……え」

私はカラ松と同じく前を向いて、カラ松に伝える。

「だって、こんな、かっこよくて、優しくて頼りになるお兄ちゃんが側にいたら、彼氏なんて出来る気がしない。……作ろうと思えないと思う。……かと言って、兄妹じゃ、結婚出来ないし」

……ああ、カラ松を少しでも元気づけようとして言い始めたことなのに、だんだんと恥ずかしさが込み上げてくる。
隣からカラ松の視線を痛いほどに感じて、更に羞恥心が増す。


「……ななしは優しいな」

「えっ……いや、優しいのはカラ松のほ、っ」

顔を上げた途端、唇が触れる程度の口付けをされた。そしてそのまま固まった私の身体を、少しきつめに抱き締められた。

「……ありがとう」

そう言うカラ松の声は、いつもより幾分掠れていた。

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