dream

□あの日
1ページ/1ページ


『○月×日 晴れ

今日という日は俺にとってのちのち、人生の転機となるかもしれない。


今日も俺は、いつものようにギターを片手にon the house、windの音を聴きながらskyの香りをかぎ、そしてsunshineを浴びていた。

玄関先からはブラザーの元気な声が聞こえる。十四松が素振りをしているようだ。
えらいぞ十四松、継続は力なり、だ。俺は十四松に応援ソングを送るべく、ギターをかまえた。
が、その時。突如、ごん、と鈍い音が聞こえた。続けて「兄さーん!」という十四松の叫び声。

屋根の上から玄関先を見下ろすと、慌てる十四松と、その傍に倒れている一松、そして一松と同じく一人の女の子が横たわっていた。
最近、近所に引っ越してきた子だ。名前はたしか、田中 ななし。俺はまだあまり話したことはないが、トド松はたまに彼女と遊んでいるらしかった。ついこの間新しいスマホを買ったらしく、使い方を教えるのだとトド松が言っていた。そういえば今日は珍しくトド松が家にいて、俺へ屋根に上がるよう言ってきていた。そこで察しのいい俺は気付いた。今日こそがその日だったのだと。
よく見ると、一松はバットにくくりつけられている。……どうやら一松をくくりつけたバットで素振りをしていた十四松が、誤って一松を彼女にぶつけてしまったらしい。

騒ぎを聞きつけたトド松が、玄関から飛び出してきた。が、その惨劇を目にするや否や十四松と同じようにオロオロとし始めた。
やれやれ、ここは兄である俺の出番か。俺はそのまま玄関先へと優雅に飛び降りた。決して落ちた訳ではない。みずから飛び降りたのだ。
「ブラザー、俺が来たからにはもう安心だ」
俺がそう言うとトド松は、
「ちょうど良かった!カラ松兄さんは一松兄さんとななしちゃん見てて!僕と十四松兄さんはおそ松兄さんを呼び戻してくるから!」
そう言ってパチンコ屋のほうへと十四松と共に走っていった。が、十四松は何故か一松をかついでいった。「なんで一松兄さん持ってきてるの!?」というトド松の叫び声が微かに聞こえた。
そして必然的に、その場には俺と彼女だけが残された。


俺は彼女を客間へ運ぶと、部屋に布団をしき、その場に寝かせた。
風邪ならば濡れタオルを額に乗せるなど看病のしようがあるが、今回のような場合、どのような看病をすればいいのか見当もつかなかった。
とりあえず、ドラマでよく見るように、彼女が目を覚ますまでは彼女の手を握っていようと思った。

その後。
意識を失って数時間経ってもなお、彼女が目覚める様子はなかった。
俺はだんだん不安になった。
反面、彼女の表情は穏やかだった。規則正しい息遣いが聞こえてきて、まるでただ眠っているだけのようにも見える。しかし声をかけても起きる気配はない。

……まるで眠り姫のようだと、思った。
眠り姫ならば、王子のキスで目を覚ますはずだ。今ここにいるのは、俺と彼女の二人だけ。おのずと王子の役目を担うのは俺、ということになる。
致し方ない。ここは一つ、眠り姫へ、目覚めのキスを捧げようじゃないか。

そして俺はいざなわれるまま、彼女の唇に……ではなく、彼女の額に、キスをした。
……念の為言っておくが、けっしておじけづいた訳ではない。相手が眠っている間に唇を奪うなど、俺のポリシーに反すると思ったからだ。断じておじけづいた訳ではない。


そして見つめること数秒。ゆっくりと、彼女の瞳は開かれた。
彼女は本当に、眠り姫だったのだ。驚きと感動と安堵で、思わず溜め息が漏れた。
「目が覚めたかい、眠り姫」
俺がそう問うと、彼女は幾度か瞬きをした後、ここはどこかと問い返してきた。
ここは松野家の居間であること、彼女は家の前で倒れて意識を失っていたことを説明した。
彼女はぼんやりとしたまま、未だ握ったままでいた手に視線を移した。彼女の意識も戻ったし、もう手は離してもいいのかもしれない。そう思い手を離そうとした瞬間、今度は彼女のほうから控えめに手を握ってきた。
「……私が、気を失っている間。ずっと、手を握っててくれたの…?」
彼女の熱い眼差しが俺を射る。
ああ、俺は罪な男、ギルトガイ。またしても一人、カラ松ガールズを虜にしてしまった。
「なに、大したことじゃないさ。この程度、この俺……松野家に生まれし次男、松野カラ松にとっては当たり前のことだ」
俺がそう言うと、彼女はその名を胸に刻み込むように、俺の名前を口にした。


また一つ、恋の歯車は回り出した。
さあ、この出会い、本物の愛にまで育つかな……?』

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ