dream

□思い出す
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氷水とタオルの入った洗面器を手に、私はカラ松のいる部屋へと戻った。
カラ松は目を瞑って布団に横になっていた。

「カラ松……?」

控えめに声を掛けてみるが、カラ松が目を開ける様子はない。どうやら眠っているようだ。普段のかっこつけた表情とは打って変わって、寝顔はあどけなくて、愛しい。思わず笑みが零れる。
私はカラ松の傍に座り、タオルを絞ってカラ松の額に乗せた。そして布団から出ていたカラ松の手を取る。

……あの時と逆だ、と思った。



私が気を失って倒れた、あの日、あの時。
私は、夢を見ていた。
真っ暗い闇の中に沈んでいく夢。闇に底はなく、果てもなく、そのままそこから出ることは叶わないのではないかという、漠然とした不安に押し潰されそうになった。そんな中、微かに右手に温もりを感じた。温もりは徐々にはっきりとしたものになり、そして、その熱が確かなものであると感じるほどになった途端。私は意識を取り戻した。
最初に目に入ったのは、驚いたような表情で私を見つめる、カラ松の顔。そして次の瞬間、カラ松は心底ほっとしたような笑みを浮かべて溜息をつき、「よかった」と、きっとほとんど無意識のうちに呟いた。

あの時のカラ松の笑顔を、私はきっと一生忘れないだろう。
家族や親しい友人ならともかく、あの時私とカラ松は、まだほとんど話をしたこともなかったのだ。それなのに、カラ松は私の目が覚めるまでずっと手を握ってくれていた。意識がなくとも、握られた手の熱さがそれを物語っていた。その上、あんな表情を見せられて。好きにならないはずがない。

あの日以来、私はカラ松のことを追いかけ続けた。そして、カラ松のことを知れば知るほど、更に好きになった。



「……カラ松、」

眠っているカラ松に呼び掛ける。
返事はない。

「……好きだよ、カラ松」

そう言って私は、カラ松の唇にそっと、触れる程度のキスをした。

「……ん…」

「っ!」

突如身じろぎをするカラ松に、心臓が早鐘を打つ。
次の瞬間、カラ松は目を開いた。私が握っている方とは反対の手で目をこすりながら「んん…」と吐息を漏らした後、こちらに顔を向けると目を凝らすように眉根を寄せた。雄々しい。

「………ななし?」

起き抜けのカラ松の声は、少し掠れていた。どうやら先程の台詞や行為には気付いていないらしい。
カラ松は額のタオルに手を当てた後、反対側の、私が握ったままの手に視線を移す。そして私の方を見つめ、

「……なんだか、あの時と逆だな」

そう、少し照れ臭そうに微笑んだ。
……ドクドクと心臓の音がうるさい。同時に、
『クソ松のほうは付き合ってるつもりでいると思うけど』
『ファイトだよななしちゃん!』
みんなの声が頭の中でこだまする。


「……カラ松、あのね……」

「ん?どうした、ハニー?」

呼ぶと、カラ松は笑顔で返事をしてくれる。……だけど、その笑顔はいつもより幾分弱々しかった。おそらくまだ風邪が辛いのだろう。


「……。……風邪、早く治るといいね」

カラ松が元気になったら、今度こそ、自分の気持ちをちゃんと伝えよう。
そう、心に決めた。

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