dream
□溢れ出す気持ち
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人生というのは、なかなかどうして上手くいかないものだ。
久しぶりに一人で出掛け、ショッピングモールで買い物をしようとしていた矢先、私は見かけてしまったのだ。
人混みの中、知らない女の人と肩を並べて歩く、カラ松の姿を。
カラ松は私の斜め前辺りから歩いて来ていて、私は思わず近くの柱の陰に隠れるようにぴたりと張り付いた。
誰だろう、今まであんな人見たことがない。
ばくばくと心臓の音がうるさい。
雑踏の中でもよく通るカラ松の声が、だんだん近付いてくる。だけど会話の内容までは聞こえない。……よせばいいのに、私は無意識のうちにカラ松の声に耳を澄ませていた。そして、運悪く聞こえてしまったのだ。
女の人との会話の中で、カラ松が「ハニー」と言うのを。
遠ざかるカラ松の声を聞きながら、私は声を出すことも動くこともできず、その場に立ち尽くした。
「……ななし?」
不意に名前を呼ばれて思わず顔を上げると、そこには買い物袋を手に持った、誰かが立っていた。
涙で視界が霞んでよく見えない。だけど声と身長からして、カラ松ではないのは確かだ。
このシルエットは、おそらく、
「……チビ太…?」
「なっ、どうしたんだよおめー!こんなところでそんな…」
私の顔を見て明らかに動揺した様子のチビ太。
チビ太の反応はもっともだ。いい大人がこんな人混みの中、目に涙を溜め込んでいるのだから。
チビ太に返事をしようにも、何が言葉を発してしまえば、涙も一緒に溢れてきてしまいそうで。黙ったままでいると、チビ太は私の手を掴んで歩き出し、私はそのままチビ太と共にショッピングモールを後にした。
準備中のおでん屋の屋台で、私は落ち込むだけ落ち込み、そして泣いた。気が済むまで泣いた後、チビ太に思いの丈をすべてぶち撒けた。
今日こそはカラ松に気持ちを伝えようとしていたが、カラ松に「今日は大事な用事があるから」と断られていた事。
仕方なく一人で買い物に出たら、偶然カラ松が女の人と歩いているのを見かけてしまい、あまつさえカラ松が「ハニー」と言うのを聞いてしまった事。
結局のところ、カラ松にとって私は数多くいる『カラ松ガールズ』のうちの一人でしかなかったのだ。それを最近親睦が深まったことと先日他の六つ子達に言われた台詞とが相まって、カラ松も私に対して特別な感情を抱いていると勝手に勘違いして、浮かれていた。
「本当にカラ松だったのか?トド松辺りと見間違えたんじゃねーか?」
チビ太の言葉に、私は首を横に振る。
「私がカラ松を見間違えるはずない」
「あー……まぁ、それもそうか」
私がカラ松をどんなに好きか、チビ太はよく知っている。
カラ松を好きになってから、六つ子達が幼馴染であるチビ太のおでん屋によく来ることを知った。それ以来、私もよくこの屋台を訪れた。酒の肴は主に、チビ太から聞くカラ松の幼少の頃の話だった。私のほうからも、最近カラ松とどうした、こうしただのといった近況報告をチビ太にしていた。酒に酔った時はひたすらカラ松の魅力を力説していた気もする。
「けどなぁ……おいらには、カラ松がそんなことするとは思えないんだよなぁ」
「…別に、カラ松は悪くないよ。私達は付き合ってる訳じゃないんだし。私が勝手に勘違いして、勝手に落ち込んでるだけなんだから」
「いや、……う〜ん……」
チビ太はしばらくの間、何やら考える素振りをした後、
「……前から、聞こうと思ってたんだけどよ。ななしがカラ松を好きになったのは、倒れてたときにあいつが介抱してくれたからだったよな?」
そう問いかけてきた。
「…うん。きっかけはね」
「じゃあ、その時お前を介抱したのがカラ松じゃなくて他の誰かだったら……お前は他の奴のことを好きになってた、ってことか?」
チビ太のその言葉を聞いた瞬間、私はチビ太から貰った水を飲むのを止め、コップを机に置いた。
「……私もさ。そのことに関して、チビ太に聞きたかったことがある」
彼らと幼馴染であるチビ太に、聞いておきたかったこと。
「もし、ほとんど話をしたこともない女の子が倒れて、介抱することになったとして。……その子の目が覚めるまでずっと手を繋いでいるなんてこと、カラ松以外の誰かがすると思う?」
チビ太は数秒考えた後、
「……いや。……そんなバカみてぇなこと正直にやるのは、たぶん、カラ松くらいだ」
私と、同じ答えを出した。