dream
□班長さんと私(後編)
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その夜、私は班長さんと共にブラック工場から脱走した。
暗がりの中、足早に歩く班長さんの後ろをひたすら付いて歩いた。班長さんは時折立ち止まったり引き返したりしながら歩き、そのおかげか途中で人に出くわすことはなかった。けれど、なんだかあちらこちらから猫の鳴き声が多く聞こえた。
以前、班長さんの友達は猫だと言っていたのを思い出す。もしかして、その友達が脱走の手伝いをしてくれているのだろうかと、鳴き声を聞きながら思った。
「……ここまで来れば、もう大丈夫だと思う」
工場の敷地内から出てしばらく経ったところで、班長さんは歩く速度を緩め、私のほうを振り返った。
私はそこでようやく足を止め、上がっていた息を整える。そして、後ろを振り返る。
離れていてもうぼんやりとしか見えないけれど、こうして外から工場を見てはじめて、ああ、私はあそこから脱走してきたんだな、という実感が湧いた。
「…後悔してます?こんなクズにのこのこ付いてきて脱走したこと」
振り返って工場を見つめている私の姿を見て、後悔していると思ったのだろう、班長さんがそう尋ねてきた。
「えっ、いや、そんな訳ないです!」
慌てて班長さんのほうへ向き直る。
そう、後悔はしていない。…先程、班長さんが来てくれる直前、もう二度と班長さんには会えないのだと思った。だけどまた、会うことが出来た。こうして班長さんと一緒に居ることが出来ているのに、後悔なんてあるはずがない。
仕事なら、頑張って探せば他にもあるはずだ。だけど班長さんは一人しかいない。
「……あの、班長さん。私…」
「…その“班長さん”っていうの、いい加減やめてくれませんかね」
そこで言われて初めて気付く。
確かに、私達はもう工場の従業員ではないのだから、この呼び方は不自然だ。班長さんの名前は知っている。知っているけど、今まで名前で呼んだことがなかった為気恥ずかしい。
「えっと、じゃあ…………い、一松、さん?」
「……っ!」
そう呼んだ瞬間、一松さんの喉から声にならない声が聞こえた気がした。
「え、違ってました……?」
不安になって問いかけるが、
「っ、違ってない……」
ぶっきらぼうにそう言うと、一松さんは再び背を向けて歩き出した。
私もいつものように、その横に並んで歩き出す。
少し歩いた後、一松さんが尋ねてきた。
「……俺の名前、知ってたんだ」
「はい、一応」
「そう。……家、この近くなの?」
「……いえ、遠いです。たぶん歩ける距離じゃないです」
「……」
私がそう答えると、一松さんは黙り込んだ。
次に言うことを考えるているのか言葉を選んでいるのか、一松さんは時々返答に時間がかかることがある。私は一松さんの次の言葉を待つ。しばしの間沈黙が続く。そして、
「……じゃあ、うち来る?」
「えっ」
「嫌なら野宿になるけど」
「……。……お邪魔させて下さい、お願いします」
改めてお願いすると、一松さんは少し笑った。