dream
□夏の終わりに
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「フッ……祭りばやしが、オレを呼んでいる……」
今日は赤塚区の祭りの日。
カラ松の言う通り、屋台が並ぶ通りの奥からは太鼓や笛の音が聞こえてくる。
「結構人多いんだね。はぐれないようにしないと…」
「フッ、心配は無用さ、マイハニー。どんな人混みに揉まれようとも、オレはこの手を離しはしない」
そう言ってカラ松は、私の手を握る力を強めた。
…ああ、相変わらず優しくてかっこいい。しかも今日のカラ松の服装は、いつものパーカーでもツナギでも革ジャンでもなく、浴衣だ。その上、袖を器用にとめて肩まで出している装いだ。程よく鍛えられた上腕二頭筋、少しはだけた胸元から覗く鎖骨や胸筋や金のネックレス……もう馬鹿みたいにかっこいい。
「何か欲しいものはあるか、ハニー?くじでも、ゲームの景品でも、ハニーが望むのならばこのカラ松が……ふっ……何であろうと手に入れてみせよう」
お祭りだからだろうか、カラ松のテンションもいつになく高い。可愛くて思わず笑みがこぼれる。
「じゃあ……あれ、やってほしいな」
そう言って私が指差した先にカラ松は視線を向け、呟いた。
「かたぬき、か……得意分野だ」
祭りが開催されるのは、昨日と今日の2日間。
今日は私とカラ松2人で祭りに来ているが、カラ松は昨日も兄弟達と一緒に来ていた。
その際、カラ松が射的や金魚すくいやヨーヨー釣りをする姿をトッティがスマホで撮影してくれていて、料金は後払いでも良いとのことだったので動画も既に私のスマホに送ってもらっていた。
どうせなら動画にないカラ松の姿が見たいと思い、かたぬきを選らんだのだが。
「フッ、これで3枚抜きだ」
「す、すごい……!」
カラ松は3枚連続でかたぬきを成功させた。しかも「妥協したかたぬきに意味はない」と、カラ松が選んだ型はどれも難しそうなものばかりである。カラ松が意外と器用なことは知っていたけれど、まさかここまでとは思わなかった。
周りで一緒にかたぬきをしていた見知らぬ子供たちも「すげー!」等と口々に言いながら、カラ松を羨望の眼差しで見つめている。
「どうやったの!?教えて!」
「これはどうやればいい!?」
「ふふん、まあそう慌てるな、カラ松ボーイズアンドガールズ。そうだな……コツとしては、まずは……」
そうしてカラ松先生のかたぬき教室が始まった。ゆっくりと話すカラ松の言葉を、子供たちは真剣に聞き入っている。子供たちからの質問に対しても、カラ松は一人ひとりに丁寧に優しく答えていく。
……子供が出来たら、きっとカラ松は面倒見の良い優しいお父さんになるのだろう。カラ松と子供たちのやり取りを眺めながらそんなことをぼんやりと妄想していると、
「……ななし……お腹、すいたか?涎が出ているが……」
「えあっ!?……だ、大丈夫!」
不意にカラ松に指摘されて慌てて涎を拭う。
カラ松は続けて、
「すまない、つい夢中になってしまって」
そう言って少し照れたように笑った。そして、
「……いつか、オレ達の子供も連れて来れたらいいな。……はぐれないように、今度はオレとななしと子供と、3人で手を繋いで」
「……!」
子供たちを愛おしげに見つめながら、呟いた。
まるで私の考えを読まれたかのようで、一瞬どきりとした。だけどカラ松も同じことを考えてくれていたのだと気づき、嬉しさで胸が苦しくなる。……ああ、本当に。そんな日が来たら、どんなに幸せだろう。
カラ松の横顔を見つめながら、私は「そうだね」と返す。
カラ松が私の方を振り向く。目が合ったと思った次の瞬間、カラ松の顔が近づいてきたかと思うと、リップ音が聞こえてきた。……唐突に、頬にキスされていた。離れる瞬間に「約束だ」と囁かる。突然の出来事に思わずカラ松を見つめると、再び目が合った。
「……っ、そん……人前、で……」
「すまない。……愛おしくて、つい、な」
私が赤面する一方、まったく恥ずかしがる様子もなくカラ松は言う。
幸い周りの子供たちは、かたぬきに夢中で気付いてはいないようだった。もしかしたら一人や二人気付いた子はいるかもしれないが、特に騒ぎたてたりはしなかった。
「……嫌だったか?」
「……。……嫌じゃ、ない」
嫌な訳、ない。
私がそう言うと、カラ松は幸せそうに微笑んだ。
きっと夏が来る度、今日のことを思い出す。
カラ松と交わしたこの約束も、忘れることはないだろう。