中編

□ブラッディ・メアリー(申渡×辰己)
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 外は薄暗くなり人々はコートの襟を掴みながら家路へと急ぐ。木枯らしが街路樹をさらってゆく。街灯の傍にある大通りを辻馬車が通り抜けて行くのが目に入った。二階の窓から真紅のビロードのカーテンを手のひらで押しのけるようにして、外を眺める黒髪の少年が一人。ネクタイをキッチリと締め、皺一つない糊の利いたシャツとズボンにベスト。髪もきちんとセンターでセットされ出で立ちに隙がない。そして見る者にストイックな印象を与えるのは隙のない出で立ちだけが原因ではない、少年が本来持つ雰囲気のせいも多分にあるのだろう。
少年は無表情のまま外へ一瞥をくれてからカーテンを閉め、お茶の支度に取り掛かる。
もう夕刻であってとっくにアフタヌーンティーの時間は過ぎているというのに、
寒い外から帰ってくる彼を暖めてやりたいとの気持ちからお茶の用意をする。彼を……、少年にとって唯一無二の愛おしい恋人である彼を温めてやりたいという気持ちがそうさせる。もちろん暖炉に新しい薪をくべておく事も忘れずに。

どの茶葉がいいだろうか。
ティーポットを温めながら、顎に手を当てて考える。

暫らくすると木造で造られたアパートの階段を軽やかに登ってくる足音が聞こえた。ノックのあと勢いよく扉が開かれたと思えば、碧の眼と金色の髪を持つ少年が現れた。
「ただいま、栄吾っ」
帰るなり室内にいた少年に嬉しそうに抱きついてきた。黒髪の少年は満面の笑みで恋人を抱擁して迎える。

「お帰りなさい。外は冷えていたでしょう?」
「うん、まだ11月なのにね。肌寒かったよ」
「手も冷たくなっていますね。お茶の用意をしてあります。温まって下さい」
「わぁ、嬉しいな。何のお茶?」
黙っていれば優雅で気品のある風情そのものの少年であるというのに、彼はよほど栄吾の気遣いが嬉しかったとみえる。見てる者まで思わず温かな気持ちにさせる明るい笑顔を、栄吾へと向けた。
「セイロンです」彼の心からの笑顔を見られた事が嬉しくて、栄吾も笑みを見せた。

 遅いお茶の時間の始まりである。
「どうでした?ロンドンの街は」
丸テーブルに着いた二人は真ん中にティーポットを置き、お茶にありついた。
「そうなんだ、聞いてくれる?もうね、街中が『彼ら』の話題でいっぱいだったよ」

ーー『彼ら』ですか。意味深に栄吾は呟く。
ーーそう、『彼ら』だよ。ふふっ。言ってから茶目っ気たっぷりに辰己は片目を瞑る。

「あの晩、見られたんでしょう。失敗しました」テーブルの上で両手を軽く握り、栄吾は軽く息を吐く。
 同じ失敗を繰り返さないよう改善策を考えなくては。それにしても・・・
「みんなミーハーですね」呆れた様に栄吾は言う。
「くわえてゴシップ好きときてるね」
カップを持っていない方の掌を天井にむけながら、辰己は芝居がかった調子で返した。
「暇なんですよ、みんな、結局」
「だねえ」

ーー『彼ら』とは。十九世紀のロンドンで現在話題沸騰中である『ヴァンパイア』のことである。『ヴァンパイア』なんて夢想も甚だしい。空想家の多い市民達ですら内心ありえない存在だと分かっているのだが、あれば楽しいスリルともいおうか。怪談のような娯楽のような感覚でヴァンパイアの話題を口にする。

 ここに、本物のヴァンパイアの少年二人が生息しているとは夢にも思わずに。

十十十十十

「栄吾と俺は共犯者だね」
ふふっと嬉し気に微笑みながら辰己は言う。

ヴァンパイアである栄吾と出会い、恋に落ち、噛み付かれて自身もヴァンパイアになる事を望んだあの日から。辰己は栄吾と共に生きる決意をした。
あの日、栄吾が首元に吸い付くように唇を落としたと思えば、齧りつかれて視界は暗転し、辰己は栄吾の腕に崩れ落ちた。
『ふっ、と悩ましげに吐息を漏らして。涙目になって、瞳も口元も薄く開いた状態で。
辰己は…私の腕の中に落ちてきたんです』とあの日の事をいつも、嬉しそうに満足げに栄吾は語る。

「ええ。はじめての、辰己の血を頂いたときの、……琉唯の色気といったら」
壮絶でしたよ。
いけしゃあしゃあと、カップに口をつけながら言ってのける栄吾の顔にクッションが降ってくる。
「もう、恥ずかしいからやめてよ栄吾」
白い肌を僅かに紅らめた辰己が、手元にあったクッションを投げたのだ。
もう、と軽く呆れたように、辰己は吐息を吐いた。

気を取り直したように飲み終えたカップを置き、辰己は椅子に腰掛けたままの栄吾の膝の上に甘えるように座った。栄吾はそれがさも当然であるかのように、辰己の腹部の上で指を交差させ、辰己を抱き上げる。そして愛おしそうに辰己の耳元にキスを一つ落としてから囁く。
「ええ。私たちは」
どこまでも。
「一蓮托生だからね」

互いに死という概念がない、永遠の時を生きる存在として。
互いに唯一無二である、一蓮托生の共犯者。

栄吾はふと辰己の人差し指に気がつく。
「辰己、指から血が」
「ああ、これ?ささくれが酷くなっちゃって。って、んっ、栄吾」
栄吾は背後から辰己の人差し指を口に含んだ。
「もう……。栄吾、…おいしい?俺の血」
「ええ、とても美味です」
辰己の位置から栄吾の表情は見えないが、背後からくる満足そうな声ったらない。
「この世で、最高のご馳走ですよ」うっとりと満足げな声で言う栄吾。
「…俺の血を飲んでどうするの?」

辰己は呆れた様に振り返ったが、満更でもなさそうな表情だと内心栄吾は思った。
 

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