中編

□格好悪くたっていいじゃない!(申渡×辰己)
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「だからぁ、お前なんで俺にいちいち相談すんだよ?」

双方昼食を食べ終わった後の昼休み。実に穏やかな昼下がりである。
辰己は、虎石を誘って練習室に来ていた。
team柊が普段使用している部屋である。

「んー、聞き流してくれるから、かな?」
壁にもたれ掛かって、軽く腕を組み、首を傾げながら、辰己は言う。
実際虎石は相談相手にするには打ってつけなのである。
真剣に受け止めすぎない、自論を押し付けない、耳を傾けてくれている事は確かなのだが。
悩みを解決できるのは最終的には本人だけだろ、とばかりにあくまで軽く受け止めて、流してくれる。

紙パックの珈琲のストローを軽く噛みながら、虎石は言う。

「気のせいでないの?」
「俺もそう思ったんだけど、3回もだよ?」

早い話が昨日の夜から辰己は栄吾に避けられているのである。


『栄吾、課題のことだけど』
『すみません、急ぎの用があります』

『栄吾、あのさ』
『すみません、図書室に用があるので』

『えい』
『いそいでいるので』


「最後なんて、名前を言い切らないうちにだよ?あからさまだよね」
ふう、と溜め息をつく辰己だが、虎石はよく知っている。辰己は悩んでいる振りをしているだけなのだ。この状況を楽しんでやがる…、やれやれと思いながら、「心あたりは?」と問うてやる。
すると「あるよ」と即答が返ってくる。
呆れながら、「何があったんだよ?」と話したそうな辰己を促してやる。
気怠げにしていた辰己がようやく本題に入った。

「……昨日の夜、失敗しちゃってね」
「は?」
「ほら、2人とも初めてだから、ガチガチになっちゃって」
「……失敗って、まさか、あの」
「うん、セックスだよ」
照れもせず堂々と辰己は言い切る。
『いいよ、お互い、また今度チャレンジしよ?』
「って言ったんだけど、栄吾が泣き出しそうになってさ。それ以来口聞いてくれないの」
「……そりゃあ、また…」
申渡も気の毒に…。きっとアガりすぎたんだな。初めてってそんなもんだったか、オレ昔すぎて忘れたけど。うんうん、と納得したように虎石は頷いた。

その通りである。栄吾は完全にテンパっていた。ガクガクして、手が震えていた。「た、辰己っ」と自分を
呼びかける声がうわずっていた。制服のカッターシャツのボタンが上手く外れなくて、更にいっそう緊張していた。
ようやくシャツを脱がせたと思ったら。
『す、すみません!辰己』栄吾は辰己の身体を引き剥がす。
『今日は、止めにしましょう!』
と言って、入浴してきます!と大浴場に慌てて消えて行った。
『ええっ?!』
す、寸止め?!はだけたシャツのまま一人ポツンとベッドに放り出された辰己は愕然とする。
『残された俺はどうなるの……』

話を聞いた虎石は長い沈黙の後。
呆れた様に、まあお互い頑張れや、と言って立ち上がった。
「一気に、最後までやらないでいいんじゃね?」とアドバイスにならない言葉を残しながら…。

⭐️

「栄吾、待って。逃げないで」
「辰己…」
辰己はようやく逃げ回る栄吾を捕まえた。
「なんで逃げるの?昨日失敗したから?恥ずかしい?」
「……はい」
しょぼんと俯きながら、栄吾は頷く。
「俺に……触るの、緊張…しちゃう?」
暫しの沈黙が落ちる。
「ええ。します。……ずっと、夢見てたんです。辰己に触れることを…」
「うん」
「でも、実際は、触れるだけで」
「触れるだけで?」
言い淀んだ栄吾を辰己は促す。
「頭がぼうっとしてきて…動悸がしてくるんです。ああ、辰己の体に触れているのだと、実感するとーー」
「すると?」
「嬉しくて、嬉しくて。勘極まって、泣きたくなるんです」
「…………」
「手が震えてきて、……こんな状態じゃ、とても行為をする事なんて………た、たつみ?」
栄吾の言葉が言い終わらないうちに、ガバッと辰己が栄吾へ抱きついたのだ。
「俺ね、今、栄吾に抱きついただけで、こんなにどきどきしてる」
今の俺の胸の鼓動、聞こえる?
「た、辰己?」
「栄吾を想うだけで、こんな鼓動が早くなるんだよ」
大好きだから、どきどきするんだよ。
栄吾に触れるのも、触れられるのも、凄くどきどきして、嬉しいんだ。
だからいくらでも緊張していいよ。
栄吾が触れてくれるなら、それだけで嬉しいんだから。

一気に辰己は言い終えた。
それを聞いた栄吾は、泣きそうな顔で、だけど心底嬉しそうに、破顔して見せた。


そして新たに仕切り直しである。


夕闇が迫った寮の部屋で。
瞼にキスをされる。ん。くすぐったいけれど、気持ちがいい。辰己の両手を握りしめていた栄吾の手がさらに絞まる。そして抱えられるように横たえられて、栄吾の唇が首筋に移動して来た。
なんだかフワフワして、とても心地いい気分なのだ。

ふと胸に手を当てられる。
「辰己も、どきどきしてますか?」
鼓動が早くなっているのが自分でもわかる。
「うん。とてもね。…栄吾も?」
「聞くまでもないでしょう」
栄吾の顔が高揚している。
「…ねえ、栄吾」
「なんですか?」
栄吾が手を止める。
真摯で優しい瞳が、辰己を抱えたまま、辰己をじっと捉える。
「好きだよ」
「……私もです」
思い切りきつく抱き締める腕が回ってきた。


最後まで出来なくていいよ。
ちょっとずつね。
一歩一歩進んだらいいよ。
格好悪くたっていいじゃない。
俺たちのペースでさ。
俺たちが過ごすには、これから長い長い時間があるんだから。


ねえ栄吾、これからも、どうかよろしくね。



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