中編

□たわいもない話(辰申辰)
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レポートを提出に行った帰りだった。
虎石と偶然廊下でばったり会った。
練習がある時はいつも虎石と、それから他の信頼に値する仲間とも呼ぶべき三人と行動を共にしているが、中間考査を控えた一週間前は日頃ほどは行動を共にしていない。

「よっ」
軽く手を挙げてニコッと虎石は笑う。
「今、暇か?」
「レポート提出してきたところだし後は寮へ帰るだけだよ」

「じゃテラスでお茶しねえ?珈琲飲みたくてさ」
奢るし、とか言いながら両手をポケットに入れて虎石は先に歩き出す。
虎石は無類の珈琲好きだ。
チーム柊のみんなでミーティングのために虎石の部屋を訪れる事があるけれど、豆から挽いた珈琲をよく振る舞ってくれる。

「いいよ。夕食まで時間があるし、行こうか」
微笑みながら言った。
「よっしゃー、訊きたい事もあるしな」

ん?訊きたい事?

私立アヤナギ学園にはカフェテラスがある。
その規模は大きく庭を一望できる。
メニューも豊富で味も美味しい。
高等部に入ってからここで栄吾と気分転換も兼ねて様々な意見を交わしたなあ。ミュージカルや演劇については勿論の事、最近読んだ本の事とか映画の事だとか。

テラスは試験期間前なせいか人がまばらだった。


夕刻の涼しい風を受けながら、軽く首を傾げて問う。
「何かな?新しいダンスのフォーメーションの事?」
思い当たる節があるような無いような。
「いや、フォーメーションはあれでいいと思うんだけどよ……って、違う!」
ブレンドを息で冷ましながら答えていた虎石が顔を上げる。

「辰己と申渡ってどうなってんの?」
「……どうって?」
アールグレイの入ったカップ(コーン茶は置いてないのだ…)に口をつけながら、動揺を悟られない様に聞き返した。
「ああもう、じれって〜」
頭を掻き毟りながら「とっくにバレバレなんだよ」と虎石は言う。
「お前らの、なんてーの?お互いの視線?とか醸し出す空気?が幼馴染の範疇超えてるよなーって。チームになって直ぐに気がついたけど。最近特にビシバシ感じててさ」

大丈夫なのかよ、辰己。

最近虎石が気が付いているとは思っていた。
心配していてくれてるのだろう。俺が悶々と悩んでいる事に。行き詰まってる事に。
友情と恋愛どちらへ行けばいいのか。
仮に恋愛へ方向を向けるとする。今まで培ってきた友情をお互いゼロに戻すとする。
それから先はどうなるのだろう。
不安なのだ。

少し身を乗り出しながらの「早くくっついちまえばいいのに」と言う虎石の声が聞こえる。
心根の優しい虎石のことだ。野次馬根性からではなく言葉の端々から、心配をしていてくれているのが解る。
覗き込む顔に心配げな眼の光を見つけて、虎石の心が嬉しく思えた。

その事に対して微笑みつつも……
「そうはいってもね」
軽くため息をついてカップを置いた。
手のひらを軽く握った第二関節で頬杖をつく。

「ここまで長い付き合いだとね幼馴染っていう関係を壊すのが怖いんだよ」

うーんと腕を組み、虎石は空を見上げた。
「……今と変わんなくね?幼馴染って肩書きに恋人がプラスされるだけで」

「わかってるよ、本当はね」
軽く目を細めながら言った。
「わかってんのかよ!」
「うん」
「うんって」
「だけどさ、友情でもあり恋愛でもある新しい関係が始まる少し前の方が、わくわくしない?」
「はあ?」
「もうしばらくはね。このなんともいえない関係を、固まらせないでおこうって。今の宙に浮いてる状態を楽しみたいなとも思うんだよ」

少しばかりの強がりだ。
虎石は盛大にため息をついた。

「わけわかんねえ」

怖いんだか楽しいんだかどっちなんだよ……と虎石はブツブツ言った。
ふふっと笑いながら、ふと俺は視線を床に落とす。
友情と恋愛か……。

喪失が怖くて堪らないから。
俺らのどちらかが口火を切るまでは宙に浮いた不安定なこのままで。

俺たちだけの繋がりで。
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