中編

□憎めども、(バッテリー 瑞垣×巧)
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(・・・予報が当たってしもたな)

帰り際に小雨が降ってきたと思っていたら、突然大雨に変わった。夕立である。
折り畳み傘を持ってこなかった自分に苛立ちつつも、慌てて目と鼻の先にあるバスターミナルへと駆け込んだ。
そこへ、なんたる偶然か。
思いがけない人物が座ってバスを待っている姿を見つけて、思わず舌打ちをする。

「よぉ、原田」
無視を決め込めばいいものを。
平坦な声音で、ついつい声をかけてしまった。

「瑞垣さん」
原田はさすがに驚いた様子で俺を見て、座ったままこちらを振り返った。
ちわっすと、小さく呟く様に発せられた声。
俺は思わず、呆れながら返す。

「お前なぁ、センパイ見かけたら、席立って挨拶するもんやで」
「先輩じゃないですから・・・少なくともウチの」
「うわあ、腹立つ」
自分のこめかみがピキリと音を立てるのを聞きながら。原田の横の白い椅子を、背もたれから跨いで「よっと」と腰をかけた。

「・・・期末テスト前やし部活ないんやな。原田、テスト前のたった一週間でも投げたりんのと違うか?」

原田は、どうして解ったんだ?とでもいう風に、驚いた様子で無言で俺を見つめてくる。

「あのなぁ、お前みたいな野球バカ。…ちょっと違うな、キャッチバカ?…まあ、ええわ。
お前は単純思考なんやから解るに決まってるやろ…」

阿呆ちゃうか。
膝に置いた鞄の上で、片手で頬杖を付き。
俺は呆れた顔で、横目で原田を見やる。
原田はちょっとだけムッとした表情を見せたが、やれやれと言う様に「瑞垣さんは、どこ行くんですか?」と訊いてきた。
「まあ、おまえには関係あらへん」
「ですね。俺も興味ないです」
「…お前、いっぺん殴っていいか?」
「・・・殴ったじゃないですか、前に」
「……ああ」

原田を殴った時。
あのゲームをした頃を思い出して、自嘲する。
あの当時は常に心がささくれだっていた。

大好きな野球、野球に選ばれなかった自分、選ばれている事にすら気がつかない幼馴染。
幼馴染の眼中にあるのは原田だけで。天才同士が分かり合える世界に入り込めない自分。
そんな諸々が、自身の内面に突き刺さり、それで必死に野球から離れた。
離れたつもりだった。
なのに、離れてもなお満たされなくて。得られたものは虚無感のみ。
野球から離れさえしたら得られると考えていた安心感とは無縁だった。

(阿藤のおっさんに、感謝やな・・・)
人間性がついぞ合うことはなかった、中学時代の元顧問へ、在学中は思ったことがない感情をよぎらせる。

ザーザーと降りしきる雨を見つめながら、二人とも無言でいたが。
そのままで良かったはずなのに、俺はなぜか口を開いた。

「原田ぁ」
「なんですか」
「ウチのバッテリーは・・・萩も城野も、ええ子なんや」
「・・・」
思いっきり、それがどうしたんですか?俺に何の関係が?とでもいいたげな表情をした原田が、じっとこちらを見つめた。
それを見て、含み笑いを浮かべながら、俺は続ける。

「あんなええ子らが、お前みたいに性悪相手に、立ち向かわなあかんってことが大変で、
精神的に削られそうやなあ、って思ってな」

「・・・ソウデスカ」
何言い出してんだこいつ。
原田はそう思ってる事を隠しもせず、そんな表情を見せる。
相変わらずやな、こいつは。
思わずクスリと笑ってしまった。

(原田は原田や。何も変わらへん。周りの人間が振り回されてるだけなんや。…俺含めな)

「あー、あほらしっ」

バスターミナルの屋根の中で、座ったまま伸びをした。
本当に阿呆らしい。
こいつにまた振り回されるのは、ごめんだ。
・・・天才様に振り回されて、たまるかいっ。
まだ、雨の止む気配はない。バスが来る気配もない。二人しかいなかったターミナルに、人が増え始めた。

ふと、心のどこかで思った。
萩も、城野も、うちの大切なバッテリーであり、可愛い後輩達だ。
こいつは、憎き宿敵という立場でしかない。
萩と城野の。
それから、秀吾の。

結局は野球をやめない限り、横手で城野と萩のコーチになってからは、またこいつの事を考え続けないといけないわけで。
秀吾といい、一生天才に振り回される運命なんやろうか、俺は…。
だけど不思議と中学の時の様に、暗い気分でも、嫌な気分でもなかった。
またクスリと笑みを漏らす。

「…よく笑いますね、瑞垣さん」
「んー?そうか?そうやなあ・・・。俺ももう中学ん時みたいにガキちゃうしなあ」
「・・・話、噛み合ってませんよね?」
「ああ、そうやな。でもこっちは解っとるから、ええんや」
「自分勝手な」
やれやれとでもいう、今日何度目か見せる表情で、原田が思わず苦笑した。

「んー、ガキの頃と違って、天才様とのつき合い方を編み出せそうなんや」
城野と萩を通して。
お前と向き合えると言う事実に。
嬉しさを感じて打ち震えているのだ。

何も知らない原田は、首を傾げながら、呆れた様子でこちらを見る。
(…ええんや、お前はそれで)
この天才様との付き合いは、まだまだこれからや。
少なくとも、あと2年は続くねんから……。

「原田ぁ、覚悟しときや」
「はぁ」
原田はもう理解するのを諦めたという様子で、降りしきる雨に注意が移ったようだ。

先ほどよりか、勢いがいくぶんましになってきた。
俺はふと、屋根越しに、白と灰色と青が混ざり合った空を見上げる。

ふと、もう暫く、このままでいたいと思ってしまった、そんな初夏の奇妙ないっとき。



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