短編

□秘めた思い(勇ヴィク前提クリス×ヴィクトル)
1ページ/1ページ

「おや、まあ」

『ビーマイコーチ!』
クリスは目の前で熱烈に繰り広げられたヴィクトルへの求愛に、目を大きくした。
さっきまでダンスバトルを繰り広げ(自分も熱くなって参加したんだが)、
楽しく踊った後の事だ。
日本人の青年からの熱い求愛劇に、ヴィクトルは分かりやすく戸惑っていた。

ぎゅううっと、黒髪の彼に腰に抱きつかれて。
本気にしていいものなのか、と。酔っ払いの戯言とはいえ、僕のコーチになって!と泣き叫ぶ勢いの、彼の激しい思いに、困惑をあらわにしていた。

いつもクールなヴィクトルが、感情を露わに戸惑う様子は、珍しい。

横目で見ながら、クリスはこの時油断した事を後悔した。
まさかこの青年が、一年後にヴィクトルを持って行ってしまうなんて、思いもよらなかったからだ。


もっと早くに本気で、彼のパートナーになりたいと、アピールすれば良かったのだろうか。
最近のクリスはよく考える。
だけど、親友、昔からの憧れでかつライバルの彼と、今の関係を崩したくないと願ったのも事実だった。

「ねえ、ヴィクトル・・・」
「んー?何、クリス?」
グラスを傾けてカランと氷の音をさせながら、穏やかな声が返ってきた。

ーーーあれはいつの事だったか。
確かGPシリーズの中国杯が終わった後、2人でホテルのバーで呑んだ時だ。

「・・・今、幸せ?ヴィクトル」
「クリス・・・?」ヴィクトルは、どうしたのかという目を向けてくる。
「リンクの上でキスなんて、甘い光景を見せられちゃったらね、やってられないよ」

軽く首を傾けながら、なんでもないように口から出た言葉に、内心クリス自身が驚いていた。
クリスの動揺に気がつかないヴィクトルは、ん〜、と少し考えるそぶりを見せて、ゆっくりと目を優しく細めていく。ヴィクトルはかなり酔っているようだった。

「あのね、こんなに俺を驚かせたのは、勇利がはじめてなんだ」
「クワドフリップ?」
「そう、死にもの狂いで飛びにいくなんてさ、驚いたよ」
とろーんとした目つきで、嬉しそうに微笑みながら、勇利への愛を語る君。
「試合前にね、実は勇利と喧嘩しちゃったんだけど」
「え、そうなの!?」
「・・・うん。でも勇利が本気でぶつかってきてくれて…。
『離れずにそばにいてよ』って。」

顔をくしゃくしゃにして君は笑う。
幸せか、なんて訊くまでもなかった。

「なんていうかね、月並みな言葉だけど、嬉しかった」
表情まで蕩けさせながら、見てるこちらの胸が痛くなるような、残酷な綺麗な笑みで君は言う。
「・・・勇利といられて、幸せかな、うん」

もっと早くに、君に、僕が本気だと言う事を伝えれば良かったのかな。
その笑みが見ていられなくて、ついと目を逸らした。

そっとクリスはヴィクトルの手をとる。
「?なに?クリス?」
不思議そうに、君は首を傾げる。
僕が何に懊悩してるかなんて、考えもしやしない。
そっとヴィクトルの指をつかむ。口元に当てる。それから目を瞑って、ヴィクトルの手の甲に頬を滑らした。

「えっ…クリス……どうしたの?」
戸惑ったように、大丈夫?とヴィクトルは続けた。
「なんでもないよ・・・」

君に触れたくなっただけだよ。

胸の内で呟く。
さて、どうしようか。
このまま気持ちを眠らせて君の幸せを見つめようか。
それとも、元来の僕の諦めの悪さを発揮しようか。

「・・・クリス?」
酔っぱらった振りをしたクリスは、ヴィクトルの手を取ったまま、右手の薬指を軽く口に含んだ。



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ