短編

□初夏のひととき(刀剣乱舞 歌仙×山姥切)
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歌仙は裾を上げた半袖の袴姿で、筆を置くと一息ついた。

開けっ放しの障子から外を見れば、
初夏の賑やかな日差しからこぼれる光が眩しく、
わずかに熱気を帯びた風が入り込んできた。

今日は彼と時間を過ごせる日だ。
そう思うと、朝から機嫌が良くなるというものだ。

庭の緑を眺めながら、彼に思いを馳せる。
そろそろ夏本番なのだから、布の生地を薄いものに変えてやらなければいけない。

せめて美しい反物を、いつもの布の代わりに、と渡しても彼は俺なんかに似合わないという。
ふうと溜め息をついた。
あれだけ美しい容姿だというのに、彼は顔を見られたくないから布を被る。

布を被る。

布。

よりによって、布である。

その発想の惚け感が、可笑しくて、愛らしく思えて、歌仙は思わず笑みを浮かべた。


『...書を教えてくれないか?』
そんなどこか惚けたところがある彼が、正座をして、自分に頼み込んできた時は驚いたものだ。

『君が書を習いたいだなんて、いったいどうしたんだい?』
そう返せば、正座で
恥ずかしそうに、片手で頭の上の布を引っ張って顔を隠すようにしながら
彼は言った。

『ーーー三日月に、文を送りたいんだ。......だが、俺は字が汚いから』

『文?....恋文かい?』
少しからかうように訊いた。
とたん顔を真っ赤にしながら、彼は慌てふためきながら言った。
『ーーー恥ずかしくて、口で言えないからな。いつも世話になってる感謝を。あと........』

消え入りそうな声だった。しかし、歌仙の耳はしっかりとその言葉を拾った。

『ーーー................どれだけ、愛してるかを...伝えたい』

聞いた時、心にずきりと痛みが襲った。
少しの苦しさも。
だが不思議な事に、同時に、喜びも襲ったのだ。
普段感情を露にしない彼が僕に胸の内を明かすということ。
何か困り事があると、彼は僕を頼ってくれるということ。
頼られるのは今回だけではない。

同じ初期刀同士、長い付き合いで信頼が育まれたのだろうか。
彼は僕を信頼し、頼る。自覚はないだろうが僕に甘えてくれる。
この事実は、歌仙を堪らなく嬉しくさせた。

書は三日月に習えばいい。誰に文を送りたいかなんて適当でいいだろう。
なんなら主へ日頃の感謝を繼りたい、など理由なんてでっち上げればいい。
三日月は君と過ごせる時間が増えるというだけで、大喜びするだろうに。

だけれど、狡い自分は彼が僕を頼ってきた事を、言葉は悪いけど利用させて貰うとしよう。
彼と共に過ごせる時間が、欲しいから。
最近は心待ちにする、大切な時間だ。

「すまない。少し遅くなった。」

赤ジャージに布を被った山姥切が慌てて廊下をパタパタと駆けてきた。

「構わないよ」
「これ。さっき万屋へ行った際に買ってきた」

といいながら、歌仙に渡された袋。
袋を開けると、この時期にぴったりな透明で綺麗な和菓子が、小分けにされたくさん入っていた。

「...書を見てもらう礼だ」
礼にもなってなかったらすまない。と、どこかすまなさそうに、恥ずかしそうに山姥切が言う。
その山姥切の様子に、胸が暖かくなった。


「書の練習の前に、冷たい麦茶とこの水菓子で一服しようか」

そう笑いかけると、山姥切は、嬉しそうに目を輝かせる。
だが、しぐさはこくんと控え目に頷いただけだ。

内面を素直に表せないいつもの様子をいとおしく思いながらも、歌仙は冷やした麦茶を取りに、腰を上げた。



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