中編

□絶対王者と涙とブルーミングシティ R-15
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ーーヴィクトル?ヴィクトル?起ーきーてーよ!
誰かが自分の名を呼んでいる?だれ?
ん?ここ、どこだっけ。ヴィクトルはうっすら片方の眼を開けた。サンクトペテルブルクにある自室の天井ではない。あれ?
んー?片眼をこすりながら、ゆっくりと身を起こすと障子が目に入ってきた。

「ユーリ?ドーブラエ ウートラ」
「おはようって。今日はオフだからって、眠りすぎだよ!ヴィクトル!」
んん〜とか言いながらも、またぱたっとヴィクトルは横になろうとした。
「ちょっと!今何時かわかってる?もうお昼だよ?」勇利は怒ったように、呆れたように掛け布団を引き剥がしにかかった。
ようやく観念したヴィクトルは、片手で後頭部を掻きながら、裸の上半身を起こした。

「ん〜、昨日明け方まで中洲で呑んじゃってね〜」
 「起きて水飲みなよ。それともう秋なんだから、裸で寝たら風邪引くよ」
  溜め息をついて、勇利は台所へ水を取りに行く。
 「…ユーリはお母さんみたいだよね」
 「はあ?何か言った?」
    水の入ったコップを手にして戻ってきた勇利は、コップをヴィクトルに渡してから。
   ふうと息をつきながら眼鏡のふちに手をやり、やれやれと首を振った。
 「・・・その調子じゃ、僕との約束忘れてるね?」
  ヴィクトルは、最近ユーリは俺の前でよくこんな仕草をするなぁと思う。
 「ん?俺はまた何か、忘れた?」
   勇利ははあと盛大に溜め息をついて言った。
 「今日、せっかくのオフだから、海へ行こうって行ってたでしょ」
  「oh〜そうだった。いいね!ウミネコ、見に行こう!」

 二人プラスマッカチンで砂浜へ腰をおろして、どこまでも続く水平線を眺めた。
  あいにく空は少し曇っていたけれど。押しては寄せる波音はどんな天気でも耳に心地良く響く。
「んー、やっぱり海って気持ちいいよね」ジーンズにパーカー姿のヴィクトルは、大きく伸びをしながら言う。
「・・・だね」勇利はさっきから何か考え込んでいるようだった。
「ユーリ?どうしたんだい?」
 ヴィクトルは勇利の方へ首を向けて尋ねる。
「・・・さっきさ、ヴィクトルを起こしに行ったとき・・・」
 「うん?」
  側にピタリとくっついて居るマッカチンの胴をわしゃわしゃと撫でながら、ヴィクトルは柔らかく訊き返した。
  「ヴィーチャ、なんか淋しそうで…少しだけ泣いてるように見えたから」
  なんの夢を見たのか覚えてないのだけれど 、言われてみれば夢の中の自分は淋しかった気がする。
 「・・・なんか、僕、心配で」
    ユーリの朴訥な声と、その言葉の優しさに、ふわりとヴィクトルの心の中に温かいものが積もってゆく。
  そう言いながら、ぎゅうっと勇利はヴィクトルに抱きついた。 ヴィクトルも片手で腕を回す。

  「…じゃあさ、今度、俺が淋しい夢見て泣いてたら、夢の中まで助けに来てよ」
    「へっ?なに言ってんだよ。第一そんな事できるわけないでしょ」
    呆れたように、驚いたように、びっくりした様に勇利は砂浜に思わず両手を付く。
    「ユーリは、弱そうに見えて俺より強いからさ」
    照れたように、こめかみを人差し指で掻きながら、ヴィクトルは続ける。
     「きっと、俺の夢の中まで、助けにきてくれるよ。…うん?強いんじゃなくて、図太い? ふてぶてしい??」
      「なんだよ、それはヴィクトルの方だろ〜」
       勇利は笑い出した。

    ヴィクトルは思う。
満たされているよ、俺は。ユーリが俺にくれる愛で。
俺の淋しさなんて、とっくに吹き飛んでる。
俺ももっと、勇利に返せたらいいなぁ。
ユーリに貰ったものを返したいんだ。
俺が君からの愛で。暖かい気持ちで全身を包まれているように。


「そろそろ冷えてきたね、戻ろうよ」
勇利は立ち上がって、パンパンとお尻についた砂を払う。
そして・・・
「ほら、ヴィクトル」先に立ち上がった勇利は、まるでそうするのが当たり前かのようにヴィクトルへと手を差し伸べた。
それを眩しいような瞳でヴィクトルは見つめる。
そしてしっかりと勇利の手を取る。立ち上がる。

「明日から中国杯へと向けて、猛練習しなくちゃね」

そしてこの上なく嬉しそうな綺麗な笑顔を勇利へと見せた。


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