世界一妹

□猫の特権
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《菘視点》













「…………何この状況……?」








目が覚めたら、兄6人の寝息に囲まれていた。



















事の発端は、用事を済ませて帰宅した午後1時頃。









「ただいまぁー」









いつものように挨拶をしたが、いつもの"おかえり"が返ってくることは無かった。








「……あれ? 誰もいないの?」






………。





皆出かけてしまっているようだ。



だとしたら玄関の鍵が開けっ放しだったのは不用心極まりないことだ。



最後に家を出たのは誰なのか、帰ってきたら問い詰めよう。



そう一人心に決めながら兄達の部屋に入ってみると…









「…ミィ」










小さな鳴き声が聞こえた。







「猫ちゃん、いるの?」






生憎私は目が見えないので、部屋の中に入って座り込み手を差し伸べて待機する。



ミィミィという鳴き声が少し遠回りしながら私に近付き、そして指先にふわりと柔らかな毛の感触を感じた。





「あっ…来てくれた」





猫の存在を確信できた私は、はしゃぎたい気持ちを抑えながら恐る恐るそのふわふわを撫でる。


体の小ささから、それは仔猫だと分かった。


こんなに小さいのによくここまで歩いて来れたなぁ。





「猫ちゃん、どこから入ってきたの?まさか二階からじゃないよね?

 あんまり危ないことすると親兄弟が心配するよ」





「ミァ」






仔猫に話しかけながら、ああ、兄達が私に過保護にするのってこういう心境なのかな、なんて思った。



小さくて世間知らずで、か弱い存在だから……つい守ってあげたくなってしまう。



末っ子の私にはその心境を身をもって理解する機会は無かったが、なるほど、こういうことなのかもしれない。







「お腹は空いてない?一松兄ちゃんが買い置きしてる餌、ちょっと貰う?」







一松兄ちゃんなら、こんな仔猫がお腹空かせていたら餌をあげてると思う…。


だから、少しだけ…勝手にあげちゃうね。ごめんね一松兄ちゃん!






「どうぞ、猫ちゃん」






手のひらの上に猫用おやつを少量出して差し出すと、仔猫はクンクン嗅いでからカプカプと音を立てて食べ始めた。


時折手のひらに当たる舌がくすぐったい。


でも、なんだか、こう……お世話してるなぁって感じがしてちょっとだけ親心みたいなものが生まれてる気がする。



猫、可愛い。






「……クァ……」





おやつを平らげた仔猫は満足したのかアクビを一つして、なんと私の脚の間、スカートの中に潜り込んできた。



ふわふわが脚に擦り寄ってくすぐったい。




私は思わず身を捩って笑いながら、仔猫を抱き上げた。





「く、くすぐったいから、ごめんね。胸に抱っこしてもいい?」





仔猫は満腹になってから鳴かなくなり動きも緩慢になっている。きっと眠くなったのだろう。



私もつられてアクビをして、床にごろんと寝転がった。



腕の中の猫が少し身じろぎした後大人しくなる。






「おやすみ、猫ちゃん…」






柔らかく撫でている手も徐々に動きを止め、私の意識も落ちていくのだった。









・・・・・









《一松視点》










「…………………。」







何、これ。





ちょっと猫の餌買ってきて帰ってみたら、何これ。





部屋の真ん中で菘が寝てて、よく見たら仔猫を抱きかかえて一緒にすやすや寝ている。





何これ何これ何これ。















 尊 い …。












どうしよう。







楽園を目の前にして動けなくなる俺。








うん、まずは網膜に焼き付けよう。







「……………………。




 ………………、





 …………………ふぅ」









…いや、全然卑猥なことなんて考えていませんけど。



誰ですか?卑猥なこと考えたの。やめてください菘でそういうこと考えるの。




俺は自分を落ち着かせこの光景を永久保存版で脳内に焼いたところで、意を決して菘に一歩近付いた。








「…………。」







ゴクリ、と生唾を飲み込む。



いや何も卑猥なこと考えてませんけど。




だって猫を抱いて寝る菘ですよ?



はい、可愛い。



もう国宝レベルですよ。国の宝です。はい、可愛い。






そっと髪を撫でると、サラ、と柔らかい手触りがしてシャンプーの香りがした。



…興奮とかしてませんけど。



ドキドキと高鳴る鼓動を抑えて菘の寝ている隣に腰掛ける。






「……………睫毛、長」







最近、可愛さに加えて綺麗さが目立ってきている気がする。




なんで俺の妹は容姿端麗なんだ。



絶対世の男どもは黙ってないだろう。



神様、菘はここまで顔が整っていなくても良かったのです。みんなに愛される菘じゃなくても、俺だけが愛していればそれで。







「……………菘、」






ああ、菘、兄ちゃんはエゴの塊だ。こんな勝手なことばかり考えて…、菘の幸せが一番大切なのに。


だけど菘の髪を指で梳いているとこんな腐った心も不思議と浄化されるようで気持ちがいい。




俺は気付くと菘の隣で横になって髪を撫でていた。



心が安らぐ。マイナスイオンでも発生しているのかここは。



俺もこのまま睡魔に逆らわずに落ちてゆこう。




ああ…幸せ、このまま死んでもいいかな……





……いや、菘が可愛いから生きよう……。








・・・・・






《十四松視点》









「菘ーーーーーー!!……あ」








スパーン!と勢いよく襖を開けて、すぐ声を止める。




……寝てる。




菘と一松兄さんがぴったりくっついて一緒に寝てる。





僕の叫び声に菘が少し身じろぎしたけれど、起きる様子はない。




耳の良い菘がこんなに爆睡してるなんて珍しい。








「……………。」









スゥスゥという寝息だけが部屋を占める。




……一松兄さん、菘の手を握ってる。







「………………………。」







胸が少しモヤッとした気がした。








「……僕も!!」








我慢なんてしてられなくて、僕は一松兄さんからちょっとだけ菘を引き離して寝転がり、背中からぎゅっと抱き締めた。




あ〜……菘は柔らかくて暖かいなぁ。





首筋に顔を埋めて大きく深呼吸をしたら、甘い匂いがした。







「…………ん…………。」






菘が腕の中でくすぐったそうにモゾと動く。




でもまだ寝てるみたいだ。






…なんだか菘の匂いを嗅いでいたら僕も眠たくなってきた。




菘に触れていると安心する。





ずっとこうしていたいなぁ………。




これから先も……ずっと………。







ずっと…………………。












・・・・・








《トド松視点》







「ただい……………ま」








普通に襖を開けたら目の前に人間が3つ転がっていた。





え。何?生きてるのこれ?




寝息立ててるから生きてるよね。





菘はなぜか猫を抱えてて、向かい合って寝ている一松兄さんが手を握っている…



そして菘の後ろにくっついている十四松兄さんによって少し引き寄せられて距離ができている。







「………よいしょ」







僕は一松兄さんの手をペシッと剥がしてその間に割り込んだ。





菘は目の前に割り込んだ僕の気配にも気付かずぐっすり眠っているようだ。





菘は起きている時は微笑んでいることが多いから、こうして表情筋が弛緩して口半開きの寝顔が見られるのは結構レアだ。




無防備で隙だらけの菘。










「…………菘」










こうして見ると、昔から変わらない…あどけない顔だ。





六つ子で末弟の僕にとって唯一の妹。そう、妹だ。今も…これからも。





そのはずなのに、時々僕の中で妙な感情が生まれるんだ。








守りたい気持ちも本物だけど……


















「……………。」










十四松兄さんの身じろぎによって裾がずり上がり菘の腹チラが目に入る。





…………女の子がお腹を冷やしちゃいけないよね。








「……………、」








直そうと服の裾を摘んだ手が止まる。









……少しだけ。









ちょっと間違えたフリをしてひらりと裾を持ち上げると、菘の肌がより明るく鮮明に見えて。





服上げたら肌が見えるのは当たり前だっていうのに、僕は自分でやっておきながら心臓が破裂しそうになってパッと服を直した。








「……ん………」








菘の穢れを知らないような寝顔が僕に罪悪感を覚えさせる。






あーあ、何してんだろ……。








「…………お兄……ちゃん……」









小さく舌足らずな呟き。それでも起きる気配はない。


可愛い寝言に、僕は思わずにやけてしまった。







「もぉー……かなわないなぁ」






抱いている猫を潰さないように気をつけながら菘に寄り添い、頬ずりをする。






もうしばらく、こうしていようかな。







すっかり毒気を抜かれてしまった僕は、菘の呼吸を感じながら眠りについたのだった。











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