短編
□手がつけない
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出会いは雪で染められた真っ白いの世界でだった。
五人の兄弟と喧嘩して冷たい風が身体中の体温を奪う中俺は家を走って飛び出した。
猫が集まる路地裏に行くのも考えたが、今は煮えくり返る胃からのムカつきからこんな醜い姿を友人達に見せるわけにはいかなかった。
(クソッ!クソッ!……このクズ兄弟共!)
きっかけなんて些細なものかも知れない。本当にくだらなくて、そんな事で怒るなよ、ガキか。って嘲笑われてしまうような事だったかもしれないが、今日の俺には沸点を越えて大人気なく手が出てしまう事だった。
『はぁ…一松兄さん…』
末弟の呆れて物も言えないあの目。その目だよ。くりくりしたあざとい目が、俺を見下しているその目。
何がきっかけなんて覚えてない。つい手が出ちゃって、末弟の目に怒りのボルテージが上がっていき矛先が移って次第に五人の兄弟との争いになった。
行く先なんてない。だけど宛てもなくどこかに走っていた。
普段から運動していないせいか、すぐにへばってしまい立ち止まって肩で息をする。
「は、ば…かぁっ…き、きょ…だいっ…くっそ…」
誰に言うのでもなく、ただ必死に肺に空気を入れるついでに呟いた。
空を見上げると、顔にじんわり冷たい物がついて驚いた。目を擦って手のひらを広げてみた。
白いふわふわした物がひらひらと手のひらに落ちて、すっと液体になった。
「ちっ……雪か……」
サンダルで来るんじゃなかった。
しかしこれだけの事で帰宅するのは何かに負けた気がする。とぼとぼとゆっくり前に向かって歩いた。
どれくらい歩いたかは覚えてないが、肩が冷たい。頭の上の方も冷たい。一時震えていた身体も、何も感じなくなった。
目の前に公園が見えて、早速そこに入る。家を出たときから人の陰が見当たらない。
「ヒヒっ…いよいよ燃えないゴミも死ぬのか…」
公園内のベンチを今更ながら雪を払って座る。ボーッと雪が降る様子を見ていた。
お尻と背中が、つけたからか少しずつ濡れていく感覚がする。もう冷たいとも思わないが、少し身震いをした。パラパラと肩に積もった雪が落ちた。
「ね、お兄さん。生きてる?」
不意に声がして目線をあげる。こいつ、足音もせずになんで目の前に、なんで雪が止んで…なんで心配そうな近所の高校の制服を着てる女の子がいんの。
「お兄さんぜぇぜぇ言って唇が紫だけど大丈夫?私、みょーじ名無しなんだけど分かる?」
は?なに言ってのこの子。分かってんだけど。なんでこの子日本語通じないの?
「あっ!お兄さん!」
身体が横に倒れた。顔が半分濡れていく。
女の子、なんだっけ?名無しちゃん?顔を覗き込んでくる。あ、座ったの?俺の顔見るために?君学生だよね?変なおじさんに声かけちゃダメなんだよ?聞いてる?
「お兄さん大丈夫?」
頬に手が置かれていた。
女の子はつめたっ!と驚いていた。女の子…えーとちゃん名無し?ヒヒっ。なにそれ面白い。イヒヒヒ。ほっぺがあったかくなってきたよ。なんで優しくするの。
「好きになりそ……」
「えっ?」
視界がボヤけてきて、名無しちゃんの姿が見えなくなってきた。
気持ち顔赤くない?どうした?風邪引いた?いや雪降ってるもんね。それは赤くなるか。
ねえ。聞いてる?未成年だよね?俺、手を出したらヤバイよ。優しくした責任取ってよ。ねえ。
あ、なんで何も聞こえなくて暗いの。誰か電気消した?
あ……あー……。
END 2016_2/11