落花流水 〜過去篇・壱 遭逢の時〜 

□*第弐幕* 松下村塾
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銀髪の少年は投げ渡された刀を抱きかかえながら、男の後を追う。


すると、男は突然足を止め振り向いた。


ビクッと銀髪の少年は肩を震わせ、男を警戒する。


そんな少年の姿を見て優しく微笑む男。


「…私は、吉田松陽と言います。貴方は?」


「…」


少年は依然と男を警戒し、紅緋色に鋭く輝く眼光を向ける。


「名前を教えて頂けませんか?」


「…き」


「?」


「坂田銀時!」


「ありがとう。貴方にお似合いの名ですね」


男、松陽は柔らかい表情を浮かべ微笑み、少年、銀時は噛みつくような目をしていた。


暫く男に着いて行くと『松下村塾』と掲げられた門が見えてきた。


「銀時、今日からここが貴方の家ですよ」


「な?!勝手に名前呼ぶんじゃねぇ!しかも決めるな!」


松陽は一瞬、溜息をついて呆れたように微笑む。


「そうですか。着いてきたのでてっきり…生徒になったのかと思いましたよ。銀時」


「?!…だから、勝手に…」


松陽は銀時の言葉を無視するように中に入って行った。


(なんだ。あのクソジジイ!!!)


「おい!コラ、待ちやがれ!」


銀時も松陽の後を追うように中に入って行く。


松陽に追いつくと、彼は部屋の前で止まっていた。


「こっちですよ。銀時」


「おい…だから…」


不貞腐れた顔の銀時を部屋に招き入れる。


部屋の中には机が数個並べられており、開いていた障子戸から庭が見えた。


「今日からここで生きて行く術を学ぶんですよ」


誰もいない部屋を見ながら松陽は銀時に微笑む。


「…誰もいねぇじゃねぇか」


「そうですよ。だって貴方が最初の生徒ですからね」


「はぁ?」


「いいですから座って、座って。今なら特別に一番前の席が空いていますよ」


(俺が一番最初の生徒って言いやがったろ。こいつ…)


「銀時。これを」


松陽は懐から緑色の書物を取り出し銀時に差し出した。


「…」


銀時は差し出された書物を受け取り、それを睨みつける。


「俺は…」


「学問をする眼目は自己を磨き自己を確立することにある」


「?」


松陽はクスッと微笑み、銀時の頭を撫でた。


「学ぶことの意味は、自分を磨き、自分を高めることですよ」


銀時は松陽に貰った刀をギュッと握った。


少し時間を置いて、銀時は松陽を睨みつけプイッとそっぽを向き、無言で庭側の一番後ろの席に座った。


席に着くというより壁に背を凭れさせ刀を胸に抱き、書物も開かず庭を眺める銀時。


悪態を着きながらも素直に座っている銀時に柔らかい表情を浮かべ、書物を読みだす松陽。


銀時は刀を抱きしめながら、庭をぼんやり眺めていた。


庭には桃色の綺麗な桜が咲いていた。


春の心地良い温かさと桜の匂いを運ぶ風に眠気が襲ってきた。


(眠い…でも、寝たら…)


銀時は暫く睡魔と闘っていたが、心地よい声と温かな日和に眠ってしまった。


「…き、…とき」


遠くで声がしたような気がした。


「時、…銀時」


あまりの心地よさに自分の名を呼ばれているのだと気付くのに時間がかかった。


バッ


銀時は飛び起き手元にある刀を構えた。


そこには松陽が呆れたように笑っていた。


「銀時…ここには誰も貴方を脅かす者はいませんよ」


松陽は銀時の構えた刀に手を添える。


「言ったでしょう?これは『敵を斬るためではない、弱き己を斬るために。己を護るのではない、己の魂を護るために』と」


銀時は体から力を抜いた。


「ふふ、私の手習いはつまらなかったですか?」


「…」


銀時は松陽の問いに答えず、そっぽを向いた。


「返事がない子には桜餅はあたりませんよ?」


「…桜餅?」


「そうです。丁度、友人が届けてくれたんです。甘くてとても美味しいですよ」


「あまい?」


松陽はニコッと微笑み、銀時の前に桃色の丸い形に葉っぱが巻いてある物を見せた。


「食べてみませんか?」


「…」


銀時は松陽に差し出された『桜餅』を手に取り口に頬張った。


「美味い!」


銀時は口の周りに餡子をつけながら勢いよく食べた。


「ふふ、誰も取ったりしません。ゆっくり食べなさい」


松陽は微笑みながら銀時の頭を撫でる。


「銀時、たくさん食べて大きくなりなさい」


銀時は桜餅を食べる手を止め、松陽を見上げた。



(こいつはあの目をしないんだな…寒気がする、凍りつく目を…)



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