落花流水 〜過去篇・壱 遭逢の時〜 

□*第参幕* 赤紫色の甘味
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銀時が松下村塾に来て1ヵ月が経とうとしていた。


松下村塾の稽古場にて溜息をつく松陽。


「来ませんね…」


「来るわけねぇだろ。こんな得体のしれねぇ…痛ェ!!」


松陽は笑顔で銀時の両のほっぺを掴む。


「『得体のしれない』とは何です?」


「はにふんだ!!!」


銀時はバタバタと暴れるが、ビクともせずむしろ痛みが増した。


「ひてぇー!はなへぇ!」


パッと松陽は銀時のほっぺを離す。


ゴトン


その拍子に銀時は後ろに勢いよく転んだ。


「コノヤロー。今日こそてめぇーに勝ってやる!勝負しろ!」


「銀時、手習いの方もこれだけ熱心だといいんですが…」


「う?!うるせぇ。いいから勝負しやがれ!」


松陽は溜息をつき立ちあがった。


「どうぞ、どこからでも打ち込んで来てください」


松陽は片手で竹刀を構える。


銀時は両手に竹刀をしっかり持ち松陽を見据える。


「今日こそ…」


銀時はじりじりと松陽に近づき間合いを狭めていく。


「でやぁー」


勢いよく竹刀を振り上げ、松陽に叩き込む。


パァーン


松陽は軽く払い退ける。


銀時は間髪入れず、何度も打ち込む。


だが松陽は片手で軽々かわしていく。


「コノヤロー」


スパーン


「一本」


松陽の竹刀が銀時の右脇腹を打った。


「ここが、がら空きですね…」


銀時は防具をつけているものの体に振動が伝わる。


「くッ…もう一本!」


「いいですよ」




【1時間後】


「はぁ…はぁ…」


銀時は肩を揺らしながら、息をしていた。


(ちきしょー…)


恨めしそうに松陽を睨みつける銀時。


松陽は優しく微笑んでいる。


「も、もう一本…」


「まだ、やるんですか?」


「何度でもやってやる!」


銀時が竹刀を振り上げた瞬間。


「こんにちはー」


玄関の方から女性の声が響いた。


「お客さんですかね」


銀時は振り上げた竹刀をゆっくり降ろす。


「ちょっと待っててください」


松陽は玄関の方に歩いて行った。


銀時は視線で松陽を追い、視界から消えた瞬間バタンと床に寝ころんだ。


(勝てねぇー。畜生ぉー…ぐぅぅぅ…)


「腹減った…」


(ん?…なんかいい匂いする!)


銀時はガバッと起き上がり、ふらふらと匂いの方に向かった。


匂いは玄関からしていた。


「今日は悠凜ちゃんはいないんですか?」


「ええ、今日は夫の手伝いをしてます」


玄関から話声が聞こえ覗き見ると、真っ黒な髪をした凄く美人な女がいた。


(すっげー、綺麗…松陽の女か?)


女と目が合った。


「…あら?この子が新しい生徒さん?」


「?!」


銀時は咄嗟に壁に隠れた。


「ええ、そうです。銀時、こちらに来て挨拶をなさい」


銀時は隠れたまま動かなかった。


「普段は元気すぎる程なんですが…どうも、人前に出るのが苦手な子で」


「ふふ、可愛らしい子ですね。悠凜より少し大きいのかしら…」


「そうですね、今6歳ですからね。悠凜ちゃんは今4歳でしたよね?」


「ええ、うちの子も元気が有り余っているのか、いつも走り回ってますよ」


女は娘の事だろうか、楽しそうに松陽に話をしていた。


ぐるるるる


(?!…う?!…)


「?…今の…」


女は松陽と目を合わせる。


松陽は困ったように微笑んでいた。


女は隠れている銀時に話しかける。


「お腹空いているのかしら?丁度良かったわ。これ、召し上がって」


女は手にしていた四角い包みを開け、中を見せる。


「今日はおはぎですか。瑠璃さん、いつもありがとうございます。銀時、前に桜餅を食べたのを覚えていますか?あれを作ってくれた方ですよ。これも甘くて美味しいですよ」


『甘い』と聞いて恐る恐る顔を出す銀時。


「甘い物が好きなの?」


女が笑顔で話しかけてきた。


「…」


銀時は女を警戒しながら、ゆっくりと出てきた。


女は銀時を見ながら、ニッコリ微笑む。


「どうぞ、銀時くん」


「……あり…がと」


女は一瞬大きく目を見開いたが、満面の笑みを銀時に向けた。


「どういたしまて。たくさん食べてね。今度、悠凜…娘が来たら遊んでくれる?」


「…うん」


「ありがとう」


銀時は微笑んだ女の顔をボーっと見つめていた。


その後、松陽と二、三言程言葉を交わした女は帰って行った。


「さぁ、頂きましょうか」


松陽は銀時の頭に手を乗せ優しく微笑んだ。



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