鬼の護りし鬼 〜過去篇〜

□*第壱幕* 月光の下
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ザザザッ


ザザザッ


幾人もの足音が夜道に響いていた。


「おい、いたか?」


「こっちにはいないぞ」


何者かを追って大勢の足音が暗闇の静けさを、切り裂いていく。


「はぁ…はぁ…」


追われている何者かは、大勢の足音が近くに迫り、塀の壁に背をつけ息を潜めていた。


「ここら辺に逃げ込んだはずだ」


「逃がすなよ。あの鬼兵隊の総督なんだからな。全ての道を塞げ」


(ちっ、囲まれたか)


ドンッ


逃げ場を失った男は壁を勢いよく殴った。


(ここまでか…)


塀に凭れかかり、夜空を見上げる。


(満月か…)


満月の夜に連行される松陽が浮かぶ。


そして…、処刑された松陽の首。


ギリッ


(捕まるわけにはいかねェ…、俺にはやらなきゃならねェことがある)


ザザッ


塀の壁を勢いよく登り、中に忍び込んだ。


(暫くここで奴らが居なくなるのを待つか)


庭の草陰に隠れ、息を潜めて時が過ぎるのを待つ。


少し呼吸を整えてから、辺りを見回すと中は上流階級の屋敷のようであった。


刹那。


ガサッ


(!?…)


草木が揺れ、影が動いた。


同時、男は現れた影を押さえつけた。


「キャッ」


幼い悲鳴が響く。


「おい、今物音がしたぞ。こっちだ」


(感付かれたか!?)


男は即座に悲鳴をあげた人物の口を塞いだ。


「…ぅ!?…ん…」


幼子は咄嗟の出来事に驚き、暴れだした。


「ガキ、静かにしろ…何もしやしねェ…」


「?!……」


ザザザ


大勢の足音が一層大きくなり、気配が近づいてくる。


塀の向こうから幾人もの殺気が伝わってきた。


(塀を隔てた先に、20人…いや30人ってとこか…)


ゆっくりと子供を押さえてた手を放す。


「悪かったなァ」


そう言うと子供の頭を撫でた。


男が刀を握り、立ち上がろうとした瞬間。


グイッ


不意に袖を引っ張られ、態勢をのけ反らせた。


「…何だ…」


男は子供を見据える。


「…お兄ちゃん追われてるの?悪い人なの?」


男は何も答えず、視線を塀に向けた。


「おい、ここに血痕があるぞ。この中だ」


(中に踏み込んでくるか!?)


「ふぅ…」


静かに息を吐き、覚悟を決める。


刀を鞘から抜き強く握って、迎撃態勢に入る。


「…おいガキィ…俺ァ世で言う悪い奴っていう者だ。危ない目に遭いたくなかったら、大人しく屋敷の中で寝てろ」


裾を握っている手を放そうと子供の手に触れる。


「大丈夫」


(はぁ?)


「大丈夫って…わかってねェガキだなァ」


青筋を立て子供を無理矢理突き放そうとした時。


「この中に入ったなら、奴は生きてはいまい」


(??…生きていない?)


塀の外のやりとりが聞こえる。


「そうだな…ここには鬼が住んでいる。中に入った者は皆食い殺される」


「ここはあの鬼の一族『九鬼一族』の住処だ」


(『九鬼一族』?…それはなんだ)


「さっさとここを離れるぞ、鬼に感づかれたら我々も食い殺される」


その言葉を合図に、一斉に気配が遠ざかっていった。


気配がなくなり、漸く落ち着いて子供を見た。


その女の子はニッコリ微笑んでいた。


「……鬼の住処だからか?」


男は刀を鞘に収めながら少女に尋ねた。


「…」


少女は、一瞬暗い顔をして視線を地面に落した。


(鬼ねェ…この中に鬼がいるならこいつの親ってとこだろうな)


「そうか、ありがとよォ」


男は少女の頭をもう一度撫でて塀を登ろうと歩き出した。


「怖くないの?」


「……鬼がか?」


背後の声に耳だけ傾け、塀の壁に手を掛ける。


「違う…私が…」


「はぁ?!」


男は塀の壁から手を離して後ろを振り返る。


そこには、月の光を浴びてキラキラと金色に輝く髪の少女が、こちらを見据えていた。


(金髪?)


この世界で金色の髪は存在しない。


今まで暗闇で見えなかったが月光が少女にあたり、その姿が妖艶なものに見えた。


「……まさか、お前が鬼…なのか?」


少女は何も答えず、再度視線を地面に落した。


「その姿が鬼なのか?それとも内に秘めた何かが鬼なのか?」


その問いにも何も答えず、少女は先程と同じ所を見つめていた。


「…ククク…まァ、てめェが鬼だろうがなんだろうが、どうでもいい。俺ァ怖くねェし、本物の鬼『白夜叉』を知ってらァ」


その言葉に少女は顔をあげた。


「白夜叉?それは本物の鬼なの?」


「ああ、鬼『魂が折れない』だ。それに俺も鬼兵隊っていう隊の頭やってんだ。この時代、鬼なんてゴロゴロいらァ。珍しくもなんともねェ」


少女は、その言葉を聞いた瞬間フッと男に近づいた。


「じゃあお兄ちゃん、お友達になってくれる?」


ピクッ


男のこめかみに血管が浮き出た。


「…おいガキ…てめェ、『お友達』って…!?…」


「衣天!」


屋敷の中から女性の声が響く。


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