銀魂

□@
2ページ/3ページ


『トシぃ〜!はやく屯所に帰りてぇよぉ〜!!』


真選組局長である近藤勲が、警察庁長官である松平片栗虎の命により屯所を離れてから一週間。
定期連絡のように掛かってくる電話のなかで、近藤の叫びは日に日に悲痛を増していた。


「そんなこと言ったって極秘任務なんだろ?」


近藤の留守を任されているのはもちろん副長の土方十四郎だ。
日頃から隊に対して指揮をとっているのは土方だから、近藤が屯所を留守にしたところで彼の日常業務に支障はないが、ただ毎夜寝る前に近藤の嘆きを聞くという役目が増えた。
土方は携帯電話を耳と肩で支え煙草に火をつける。
ふぅっと小さく紫煙を吐き出しそれを持ちなおすと、


「こっちは別段異常はないから近藤さんは安心して与えられた仕事を全うしてくれたらいい」


少しでも近藤の荷を軽くしてやるつもりでそう告げたのだが、


『えっ!?それってつまり俺はもう用済みってこと!?帰っても居場所がないってこと!?』


慣れない仕事で心身ともに疲労している近藤は土方の言葉の意味を盛大に勘違いをしてしまったようだ。


「いや、ちげぇって…」
『トシも!?トシも俺のこといらねぇの!?』
「いや、だから…」
『たった一週間離れただけで壊れてしまうものだったのか、俺たちが過ごしてきた日々はぁああ!!』


ついには電話越しで近藤が泣き叫び始め、土方の苛々は募る。


「だぁ〜かぁ〜ら!人の話を聞けっつうの!!」


手に持っていた煙草をグリグリと灰皿に押し付けながら怒鳴るように言うと、電話の向こうで「ひっ!」と小さく怯えた声が聞こえた。
その様子に土方は深い溜息を吐く。

まったく困ったもんだ。人の気も知らずに勝手な解釈をする。
誰が誰をいらないって?


「あのな、近藤さん」
『な、なに゛?』


鼻を啜りながら返事をする近藤に、土方は諭すように告げる。


「みんな、あんたの帰りを待ってるからさ。辛れぇ気持ちもわかるけど、もうちょっとだけ頑張ろうや」
『ホントに゛?』
「あぁ」
『トシも?トシも俺のこと待っててくれてる?』
「あぁ…」


本当は今すぐにでも帰ってきて欲しいと思っている。
でもそれを口にすることはできない。言ってしまえば優しいこの男は公務を放り投げて来てしまうだろうから。


「だからさ、近藤さん―――」
『やっぱり今すぐ帰りてぇよぉ〜!!』
「!?」

そこは「わかった、頑張る」じゃねぇえのかよ!


会話が振り出しに戻り土方は頭を抱えた。
どうにも心が弱っているらしい近藤に、今は何を言っても意味がないのかも知れない。


『大体とっつぁんが悪りぃんだよ!栗子ちゃんの旅行を見張れなんてさ!男の影も形もないっつうのに』


今回近藤が松平に命じられた任務――それは友人と旅行に出掛けた娘・栗子を監視しその様子を逐一報告すること。
松平の公私混同は日常茶飯事だから任務自体珍しいことではないのだが、今回その役を命じられたのは近藤のみ。
土方自身は以前栗子と接触しふざけた茶番劇を繰り広げてしまったため、二度と彼女の前にその姿を見せることができなくなった。
始めは近藤と付き合いも長い一番隊隊長の沖田総悟も同行予定であったが、この二人では何かあった時に収拾がつかず栗子にバレてしまうのがオチだろうということで、近藤だけが行くことになったのだ。


「とっつぁんの暴走は今に始まったことじゃねぇだろ。あと数日の辛抱だって」
『そうは言ってもさ〜。……トシは平気なのか?』
「あん?」
『俺に会えなくて平気?』


思いがけない問い掛けにすぐに返事ができない。
正直な気持ちを告げるのは簡単だけど、それはしたくない。
だから適当な言葉を探り、


「……我慢できる」


と答えれば、『それはズルい』と言われてしまった。


『俺はもうムリ!一日だって持たないっ』
「そんなこと言われても…なぁ」
『今すぐ帰ってトシを抱き締めて、キスして、それから――』
「ちょ、ちょっと待て!」


なんだか会話があらぬ方向へ向かっている気がする。
慌てて次に続く言葉を制止しようと声を荒げるが、近藤の暴走は止まらない。


『あ〜〜〜!今すぐトシにぶち込みてぇよぉおおお』
「………」



真選組のトップに立つ二人は仕事上だけではなく、私生活に置いても心身共に支え合う関係であった。
武州で出会い長年生活を共有していくなかで、先に恋に堕ちたのは土方のほう。
決して男色家というわけではない。
過去には女に恋心を抱いたこともあった。
ただ剣の道に生きると決めた時、情欲は捨てたはずだった。

なのに―――。

最初から憧れている自覚はあった、自分にはないものを持っている近藤に。
誰よりも純粋で真っ直ぐで、それ故どこかあぶなっかしくて。
だからこそ守りたいと思った。真選組の命とも言えるこの人を。
側で仕えていられるだけで幸せだと思っていた。他には何も望んでいなかった。

だけど……。

惚れた女にぞんざいに扱われている様を見続けるのが耐えられなくて…。
自分だったらこんな辛い想いはさせないのにと、捨てたはずの感情が顔を出す。

まさか受け入れて貰えるなんて思わなかったんだ――。
ただ一度「慰み者」としてあの人の心を癒せれば、それで良かったのに。

真面目な男は逃げる土方を追いかけて、「すべてを背負い、守る」と言った。

それから近藤は土方を公私ともに終生の伴侶とし、人知れず愛を育んでいる。
もちろん表沙汰に出来るような関係ではないため、カモフラージュするためにも以前とは変わらず鬼畜なキャバ嬢の尻を追い回してはいるが、今更彼女とどうこうなりたいとは思っていない。
そのことが土方もわかっているから黙認している。


『ムラムラするっ!ムラムラするよぉ、トシぃいい!』
「知るかっ!そんなに溜まってんならソープでも行ってくりゃいいじゃねぇかっ」


近藤の性欲が人一倍強いことを身を持って知っている土方は羞恥を隠すため心にもないことを言ってしまうと、


『…本気で行って欲しいと思ってんのか、トシは』


急に低い声で聞き返されるから息を呑んだ。

本気で行って欲しいなんて…思ってるわけねぇだろ…。


「ム、ムラムラしてんだろ…?」
『あぁ、ムラムラするねっ!今にも爆発しそうだねっ!』
「だったら…」


今その場に居られない自分が欲望を満たしてやるのは難しい。
こんなどうしようもない状況で、一体この男は何を求めているんだ?


『でもこのムラムラはトシじゃなきゃ解消できねぇ』
「んな、こと言われても…」


今すぐ会いに来いとでも言うつもりか?
いや、でもさすがにそんな無謀なことは――…


『安心しろ、トシ。離れていたって方法はある!』
「方法?」
『あぁ』


電話の向こうで近藤がいやらしい笑みを浮かべている気がした。

なんだろう、背筋がゾクリと震える。


『テレフォンセックスって知ってるか?』
「は………?」


ちょっと弾むような声で答える近藤。
土方の思考は当然止まる。


『俺だってもう我慢の限界だし、今すぐ屯所に帰りてぇけどさ!もし、もしトシが今テレフォンセックスしてくれるって言うならあと数日は頑張れるかなぁ〜って』
「…………」
『もう妄想じゃ追いつかないし、トシのなか知っちゃったら蒟蒻じゃ満足できねぇし』
「…………」
『なっ!だからトシのえっろい声聞かせて?』
「…………」


わなわなと震える拳を無言で枕に叩き続ける土方。

落ち着け、落ち着け俺!!

震える手で煙草を一本取り出しマヨ型ライターで火をつける。

スゥ――ハァ―――、スゥ――ハァ―――

幾分落ち着いたことろで、頭のなかを整理する。

屯所に帰りたいと嘆く近藤を宥めていた、だけのはず。
なのにどこからか話は逸れていき――――




ん?ちょっと待て。
どっからそのフラグ(テレフォンセックス)立ってた!?

次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ