短編

□サバイバルゲーム
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今年の夏も暑かった。中旬になり、ようやく猛暑も鳴りを潜め始めたものの、夏バテ自体はどうしようもなかった。

「けろ〜、あっついよぉ」

「ツユハちゃん暑そうだね。さすがに今は肉まんはいらないか」

そう言うロッカは絶対にソフィのそばを離れない。離れたが最期、ロッカは溶解する。冬の妖怪の避けられぬ宿命だった。

レンファは踊りの練習に精を出すが、休憩時間がいつもより少し長くなっているのは気のせいだろうか。

「パル姉さーん、何か涼しくなるようなお話聞かせて〜」

「そうねぇ、思わず背筋がぞっとするこわーい話とヴィルフリートさんから教わった寒いギャグ、どちらがいい?」

「……どっちも却下。もっと薄着したいよ」

「これ以上肌を露出するのはあまりオススメしないわ。日に焼けたくないでしょう?」

うだるようなだるさのせいか、レンファは露出狂が羨ましくなっていた。そんな彼女らの真横に、任務を終えたゲオルグとカグツチが着陸する。

「団長さん、火属性というのも相まって今日も暑そうね。倒れないように気をつけて」

「心配は無用だ」

ゲオルグは帰還早々嘆息する。

「おい! クライヴ、リアム」

「どうしたゲオルグ殿」

「二人ともその恰好は何だ」

「何って、見て分かんねえ? ジャージだけど。こんな昼間に鎧なんか来てられっか」

「剣の鍛錬中にジャージだと? 少し気がたるんでいるんじゃないのか」

「しかしこうも暑くてはな」

「団長さんよぉ、そう言うあんただっていつも着てるマントはどこやったんだよ」

「あ、いやこれはクールビズの一環で」

慌てるゲオルグは余計な汗を流してしまう。その横を豪快な笑い声が通り抜ける。

「ハーッハッハッハ! しっかりしろよ団長、説得力皆無だぜ」

オウガだった。汗一つかいておらず、この暑さをものともしていない男。リアムは内心(半裸の乳首丸出し男がよく言うぜ)と毒づく。

「だがあんたの言うこと自体には賛同する。確かにここにいる連中は暑さくらいで根を上げやがって情けねえにも程がある。クライヴ、今日は何月何日だ」

「9月16日だが」

「ってことは明日は17日だよな。何か忘れてねえか」

クライヴは思案する。9/17。この数字の並びは確かに見覚えがある。

「……ああ、このアカウントの一周年記念か」

「そういうこった。んで、こいつを見てみ」

オウガの手はいつの間にか数枚の紙束を握っていた。彼はこれを見せるために現れたのだ。

「主人公からみんな宛らしいぜ」





『第一回飛行島サバゲー』

@日時:9月17日(雨天決行)
    12:00〜18:00

A場所:アストラ島

B参加者数:総勢27名

C形式:バトルロワイヤル





「……何だこれは」

「見ての通り、この島のメンバー全員で行う生き残りゲームだ。明日一日は全員が敵同士になる」

「待て待て待て! こんなの俺は初耳だぞ」

「俺だってついさっき主人公から教えられたばっかさ。何だよ、ビビってんのか」

「そういうわけでは」

「おーい、その辺にいる奴ら! ちょっとこっち来い」

野外にいた者、アジトにこもっていた者がオウガの声を頼りに続々と集まってくる。

実施要項を知らされた誰もが難色を示さずにはいられなかった。そんな彼らを睨めまわし、オウガが吠える。

「お前らそれでも冒険家か? 俺はこのイベント知らされたとき、久々にみなぎったぜ。最近はずっと同じ場所ばっか周回してたからな。考えてもみろよ、現状の敵キャラなんてみんな雑魚しかいねえだろ」

(そりゃ限定キャラのあんたにとっては雑魚かもしれないけど)

「最終的に行き着くのは、やっぱ人と人とのタイマンだろ。自分の実力、試してみたくねえか?」

このとき少し場の雰囲気が変わった。確実にオウガの説得に心を動かされつつある。

「なあハルカ。お前は確か自分の順位が気になるんだったよな」

「ええ」

「お前が気づいてないだけであって、実は3位かもしれねえし、ビリの可能性だってある。もっと言えば……1位の可能性だって当然ある。ここにいる誰にも言えることだ」

うざったい汗のことも、べたべたする肌のこともしばし忘れていた。

(一番強いのって誰なんだろう)

(俺か? いや)

(私かしら。でも)

(俺は限定キャラじゃない)

(私はただのフォースターキャラだから)

(だが)

(でも)

(俺が)

(私が)

(一番強かったとしたら―――)



それはどれだけ誇らしいことだろう

第三者の手によって決められる人気投票ではなく、心技体のぶつかり合いのみの純粋な勝負。



「なんだ、お前らだって実はやりてえんじゃねえか」

全員が一斉に我に返る。このとき誰もが自室においてきていた自分の武器のことを思い返していた。

実はオウガを含めた全員、暑さにおかしくなっていたのかもしれない。





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@各自モチーフ武器のみの使用となる(無い者はモチーフと同等の強さを持つ初期武器を用意するのでそれを使用すること)。

Aスタート場所は全員ランダムで配置する。

B終了時刻までに一人にならなかった場合、残った者を集めてサドンデスマッチを行う。

Cドラゴンライダーや一部の飛行可能なキャラクターは、飛行中もSPを消費する。

D他者にもかかるバフ等は、使用した本人のみにかかるものとする。





ソウマはルールが記された書面から目を離す。

「あとは対戦する相手のデータをまとめるだけか」

(もちろん、これが一番大変な作業なんだがな)

彼の近くをたまたまハルカが通りかかる。

「あ、ソウマだ。ひょっとして明日の対策練ってるんでしょ」

「そうだ。君も?」

ハルカは「ダークホース一覧」と書かれた羊皮紙をちらりと見せた。その一瞬で内容までは確認できなかった。

「やっぱり学生同士、やることは似てるわね」

「ダークホースか。やっぱり最近仲間になったシャナオウ以降の5人か?」

「それもあるけど、他にもいるわ。一度考え始めたらキリがなくて」

「その5人はちゃんとレベルはマックスなのか」

「ええ。一度に5人だから育成用のルーンやらソウルやらが一気に減ったって主人公がぼやいてたわ。どうやらお盆のあたりに何か他のことに使う予定だったそうよ。たぶんその使い道っていうのは……」

「ん?」

「ううん、何でもない。明日は誰が勝つんだろう。オウガさんなんて戦ってるところすら見たことなくて強さが測れないのよね」

「データが無いってのは不安だよな。強いってのは確実に分かるけど」

「ま、私は逃げることも一つの手だと思ってるから、苦手な人と対峙したら即回れ右をするわ」

「大丈夫、俺もその作戦だ」



クライヴはカリバーンの手入れを欠かさない。

ロッカはいつも通り肉まんを頬張る。

リリエルはいつもより一時間は早く就寝した。

ピレスタはグレイルジャガーのポテトに餌を与えている。

キララは千本ノックを終えたところだ。

レンファは1位を獲ったことを母親に伝える瞬間を想像した。



皆それぞれの時間を過ごしていく。基本的にはいつもと同じことをしただけなのだが、どこか上の空で何かに駆り立てられる、不思議な夜だった。



【参加者一覧】

クライヴ
ハルカ
ソフィ
ヴィルフリート
ロッカ
リーゼロッテ
リリエル
レイヴン
ザック
ピレスタ
フローリア
リアム
キララ
カスミ
キャロ
タコパス
ソウマ
ポン
レンファ
ユイ
ツユハ    
ゲオルグ
シャナオウ
エーベルハルト
オウガ
パルヴァネ
メルクリオ      計27名





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昨日と同じ快晴が広がり、真っ先に落胆したのはツユハだった。

「がっかり。あんなに頑張ってお祈りしたのに雨降らなかったよ〜。ちゃっぷんちゃっぷんしたかったのに」

「お祈りってどんな?」

「てるてる坊主を逆さまに吊るしたの」

「原始的だな」

「そう言うザックさんは昨日何してた?」

「俺か? 俺は別に何も」

嘘だった。密かにカウンターの練習のため双剣術所にこもっていたのだ。しかしソウマと鉢合わせしそうになり、隠れるようにして部屋に戻った。

(まあ、どれだけ幸運でも一位はまず無理だろうけどな。身の程はわきまえてるつもりさ)

ザックの視線の先には限定キャラのゲオルグとオウガ。スタート地点ができるだけ彼らから離れていることを願った。

11:00。くじ引きでそれぞれのスタート地点を決める。一堂に会した皆が期待と不安を抱いてくじが入った箱に手を伸ばしていく。その間もソウマは気を抜かず、人物観察を徹底している。

「おっし、ラッキーセブン! こいつはついてるぜ」

7と記された紙切れを握り締め、オウガが軽い足取りで指定された場所へ向かっていく。

(オウガ。入れ替え限定の斧職で炎属性のディフェンスタイプ。見た感じアタッカーにしか見えないが、ディフェンス。あの大剣を軽々と振るっていたのは見たことがあるから、そこから察するに攻撃速度アップ持ち)

ソウマは頭が痛くなった。この時点でチート感満載なのだ。

(何が恐ろしいって、たぶんあいつの真の強さは攻速アップだけじゃないってことだ。だが他にどんな性能があるのか、予想もつかない)

「次は俺のターンか。……なるほどな。No.26!! いざ、戦地へログイン!」

(アンドロイドのシャナオウ。バランスタイプの武闘家で、確か敵撃破するたびにHPを回復するはずだ。さらに移動速度も高いから、逃げても追いつかれるだろう。持久戦に持ち込まれたら勝ち目無いぞ)

「私は……25番。ということはシャナオウさんのすぐ近くかもしれないのね。うふふ、これは楽しくなりそうだわ」

(語り部のパルヴァネ。こっちはサポートタイプの武闘家か。サポートだから攻撃力は高くないんだろうが、ヒールを自前で持っている所謂『自己完結型』だ。こっちも武闘家は全員速攻で倒しに行きたいところだな)

「今日は誰がこの剣の生贄になるんだろうな」

(吸血鬼のメルクリオ。この島では初のタップ数でヒット数が増える攻撃を持っている。アタッカーなだけあって全弾当てられたら致命傷になりそうだ)

メルクリオは闇剣ノクトゥス・ウェルスの切っ先を指先でなぞる。真まで進化したそれは今にも赤い液体が滴り落ちそうなほどに狂気を孕んでおり、ソウマは嫌な予感を隠せない。

「その剣を強化するのになけなしの剣ルーンが底をついたそうだがな。メル、ちゃんと感謝して使うんだぞ」

(王様のエーベルハルト。珍しい挑発持ちで、スキル2は移動可能なタイプだったはず。あとガードが他の槍キャラとは少し違っていた気がする。ひょっとするとフローリアみたいに鉄壁型か)

新参者たちに不安げな様子は一切見られなかった。

(この中の誰が1位になってもおかしくない。みんな何かしらに秀でている)

その横で8番を引き当てたヴィルフリート。

「8か。中途半端なものだ」

「末広がりだから、まあ悪くはないと思う。リアムが引いた13がたぶん一番不吉だろう」

「いいんだよ数字なんて。ってかなんか珍しいな、不死者の帝王であるあんたが縁起を気にするだなんてよ」

「僕ちん、7が良かったでちゅ」

「  」

「  」

「どうだ、ウケたか」

リアムとソウマは凍りつく。どの顔とどの声が今の台詞を言ったのだろう。

「ソ、ソウマはノート持参か。それに色々書いてあんだろ?」

「まあな、今は見せられないが」

「クライヴもなんか持ってんな。メンズナイツの新刊か?」

「戦場の真っ只中で雑誌読むわけないだろ。俺は戦闘に関係のない物は一切持ち歩かない主義なんだ」

「なんだ、ソウルボードと方位磁石ね」

「この島は何ヶ月も来てないからな。備えあれば憂いなしさ」

リアムはザックの様子を密かに観察する。実に興味深かった。いつもより明らかに口数が増えているのは緊張の表れか。しきりに腹部を押さえる仕草をしている彼を見たリアムが言う。

「ザックどうした、妊娠したか」

「バッカじゃねえの。朝飯食ってねえから腹減ってんだよ」

「へぇ、お前でも飯食わねえときとかってあるんだな」

「多少は飢えてた方がいいんだって。何て言うの、ハングリー精神ってやつ?」

そんなザックもリアムの様子を確認する。伝説伝説うるさい男だが、これでも強力なソウルの使い手。勝利のために何かしらの対策をしているはずで油断はできない。

当のリアムは剣の素振り始めたり、かと思えば壁に掛けたカレンダーを凝視していたりと行動に一貫性が見られない。

「どうしたよカレンダーなんか見て。生理か?」

「アホ」

レイヴンも現れた。歩いての登場だった。

「……」

くじの番号を確認するなり周りには目もくれずどこかへ行く。

「あの人、今日はまだ飛んでないな。余力温存か手の内を見せたくないってとこか」

普段通りに見せかけて、誰もが何かを隠している。それは端的に言えば“闘志”というものなのかもしれなかった。





全員が各地に散らばったあと、島内に響き渡る放送により追加ルールが伝達された。

Eプレイヤーへの連絡はこの島の放送で行う。

Fエリア内には様々な野生の敵が出現する。倒すとルーンやソウル、武器ルーンなどもドロップする。

Gエリア内にあるトラップやアイテム(壺、木箱、宝箱)、敵からドロップしたアイテムなどは自由に使用して構わない。

Hゾンビ行為や特定の誰か勝たせようとする行為、その他ルール違反が見られた場合、罰として男は「タマ無し野郎」、女は「アバズレ」という呼び名に変更する。

(例)
・まだタマ無き伝説野郎
・祝詞を奉るアバズレ



「この俺がタマ無しだと? おい、俺のブロマイド台無しにしてんじゃねえぞ!」

「どうして私が具体例に上がっているの。今すぐ訂正しないと祓うわよ!」










(まさかと思って準備はしてきたが)

フィールドのある一角で、その男は考える。

(全ての条件が揃ってしまった)

これは勝利の女神による啓示なのかもしれない。男は思った。これはやるべきなのか、と。

12:00。スタートを告げるホイッスル。

実に不明瞭だった勝率。

しかし今の彼は確かに勝利のビジョンをその眼で捉えていた。





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