短編

□会議録〜部屋割りの決定方法について〜
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 飛行島の面々は、それはそれはユニークなリアクションを繰り広げている。余裕ぶっていた伝説の騎士は椅子から転げ落ち、体裁を気にする白銀の騎士は会議室の整理を始めている。
「ゲオルグ!? ゲオルグって確か今来てる限定ガチャの野郎の方だったよな」
「しかもドラゴンライダー……新職」
「な、なぜだ。なぜあんたのような人がこんな所に?」
「なぜ、と言われても」
 下手なリアクション芸人顔負けの慌てぶりを晒しているのとは対照的に、ゲオルグは至極冷静に答えた。
「ガチャで俺が当たったから、としか言えない」



【会議録】

議長:クライヴ
副議長:ハルカ
書記:ソフィ

ヴィルフリート
ロッカ
リーゼロッテ
リリエル
レイヴン
ザック
ピレスタ
フローリア
リアム
キララ
カスミ
キャロ
タコパス
ソウマ
ポン
レンファ
ユイ
ツユハ    
ゲオルグNEW!   計22名(入手昇順)





 ゲオルグの存在がいかに特別であるか、説明しよう。
 セリナ、メイリン、ネム、ショコラ……かつてガチャには期間限定と銘打って数度にわたって強キャラが実装されてきた。しかし彼らがこの島に訪れることなど、ただの一度も無かった。
 それなのにもかかわらず初入手限定キャラは新職。ゲオルグが樹立した記録はあまりにも偉大だった。

「パンパカパーン!」
「これはめでたいわねっ! 張り切って踊るわよ〜」
「久しぶりのっ雨ーーーーッ!」
「タコヤキ、ツクルデチュー!」
「どうせだったら歓迎会やろうぜ! 俺は1円も出せねえけど」
「くっ、この俺よりもすげえ伝説作るとは……だが今は素直に喜んでやっか」
「ゲオルグさんはホームランって知ってますか?」
「すまんが知らないな。失礼、皆に主人公からの伝言を預かっている」
(何だろう)
 主人公の存在が示唆されるとたちまち不安になるのはいつものことだった。
「彼曰く『やっぱ単発って神だわ』」
「……えっと」
「それだけ?」
「そうだ」
 台詞が梶ボイスで再生された途端、全員の怒りのボルテージが跳ね上がっていく!
「何が単発神、だよ! どうせ一発ツモで舞い上がってんだろ」
「ってかあの人は今ギルドのクエストがどうのこうので会議に出てないんでしょ?」
「俺らがこうなってる状況であいつ呑気にガチャ引いてやがった」
「許せない。これは祓うしかないわね」
「会議中だぞ、一旦席につけ! カスミは弓をしまえ。リアムもザックもこんな時だけ意気投合するな。リーゼロッテは露骨に表情に出過ぎだ。あとフローリアは突然開眼するな、見てるこっちが焦るんだよ」
 クライヴが鎮火に勤しむ間もゲオルグは現状が飲み込めないでいた。
「なあ、一体何の話し合いをしていたんだ」
「ああそうだった。実はかくかくしかじかでな……」
「……なるほど、宿屋の部屋割りか」
「あのー、ちょっといいですか」
 相変わらず喧騒絶えない会議室で、リリエルの今にも消え入りそうな主張。この状況下でもまともな思考をしているソウマだけが彼女の言葉を聞き入れていた。
「どうしたリリエル」
「盛り下げることを承知で言うんですが、あの、ゲオルグさんが新たに仲間に加わるということは、その分野宿される方が増えるということでは」

!!

「そ、そうだった、確かにそれは盲点だった。今までなら6人で済んだところが、今じゃ7人の犠牲が必要ということになる」
 ソウマが柄にもなく狼狽えている。
「ちょ、それって結局やべーってことじゃん」
「むしろ悪化してるし、しかもそれだけじゃないわ。新職ってことはその分施設も増えることになる。ドラゴンが住む場所、食費、その他雑費、火の車あああああ」
「施設に大工たぬきをフル稼働したいから、これでまた宿屋のレベル上げは後回しになるでしょうね」
「あの若造め、余計なことをしてくれおって(いいぞもっとやれ)」
 ゲオルグは自らの存在意義が何なのか見失いかけていた。限定とは一体何だったか。ひとまず自分も会議の輪に参加したかった。
「どうやら会議は膠着状態のようだな」
「ああ。来てもらって早々見苦しいところを見せてしまって悪いが、どうか助けてくれないだろうか。俺の力ではとてもじゃないが制御できん」
「よし分かった、初仕事ということだな。竜騎士団団長として、ここは統率力の腕の見せどころだな」
 バトンタッチ。クライヴが立っていた場所に今度は新参者のゲオルグが仁王立ちになった。
「皆、静粛に! 議長を譲り受けたゲオルグだ。今からこの会議の進行を司る」
 ゲオルグはホワイトボードに書かれた内容に目を走らせていく。



〈部屋割りの決め方〉

・入手順(昇順)
・じゃんけん
・年齢順
・自薦←却下
・他薦



「なるほどな。……よし決めたぞ。この場にいる俺を含めた男性陣7名が外で寝る」
「なっ何だと!」
 なんと議長自らが解決策を提示してしまった。あまりにも急なゲオルグの提案を受け、真っ先にリアムの非難が飛ぶ。
「あんたそれでも男かよ。自ら男卑女尊の方向に持ってこうとすんな!」
「まあ落ち着け。この案について今から説明していこう。一度しか言わないから皆しっかりと聞くように」
 力強い口調はそのままに、ゲオルグはたった今思いついた案の補足に取り掛かった。





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「夜警、ね。まあ妥当なところだな」
 ソウマはレイヴンとともに飛行島の北側に座っていた。
 会議はゲオルグの鶴の一声で瞬く間に終わりを迎えた。
「東西南北の隅をそれぞれ二人ずつで見張り、一夜につき計8人が外で過ごす。初日はまず様子見として男性陣のみで構成。いけそうなら明日から女子も投入。……ただの野宿に役割を持たせるとは、やるなあの人」
「待て、確か男はゲオルグを含め7人だけだったはずだ。あとの一人はどうする」
「女子の代表としてハルカが加わっている。恐らく反対側の南の方にクライヴといるはずだ。とりあえず今夜はよろしくなレイヴンさん。こうやって二人きりで話すことって意外と少なかったよな」
「ああ」
「確か傭兵、なんだっけか」
「そうだ」
「それが弓なのか、かっこいいな。いざってときは頼りにしてるぜ。何しろ俺は学業が専門だからな」
「茶熊学園といったか」
「そうそう。他にクライヴ先輩やヴィルフリートさん、ザックにソフィさんもいる」
「そうか。―――俺は学校というものがよく分からないが」
 レイヴンは思ったことをそのまま口にした。
「楽しめるうちに楽しんでおけ。若者の特権だ」
「言われなくても」





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 飛行島の東側にゲオルグとヴィルフリートがいる。
「何を不貞腐れている」
「貴様の仲介のせいで予想していたカオスが呆気なく終焉を迎えた。この責任をどうとるつもりだ」
「お前が変な奴だということは会議中から気づいていたぞ。あの状況下で一人だけ笑っていたからな。正直、今は全く笑えない時勢なんだぞ」
「“闇”のことか」
 ゲオルグは頷いた。少し怒気も漂わせている。
「この島に来て驚いたぞ。警備が手薄どころか一切無いとはな。空に浮いているからといって油断しすぎではないのか」
「言い分は理解した。だがその心配を杞憂にするのが我らの役目であろう」
 ヴィルフリートは石段に座り込む。ゲオルグとは違い、現状を危惧する様子が微塵も感じられない。彼にとってはもはや闇すら真の脅威ではないのかもしれない。
 ゲオルグはため息を一つ。
「少し席を外す。竜舎に行き、カグツチの様子を見なければならない」
「貴様のような男に乗られているのだ、竜も口やかましいのだろう」
 ずばり的中していた。
(だが俺は別に口やかましくなど無い)
「そういうお前はどうなんだ。不死者の帝王とされる者が一人寂しく島の警備。何だかひどくシュールだぞ」
 ゲオルグは皮肉を浴びせたつもりだった。しかし
「……なぜ今の発言を聞いて笑っている?」
 ヴィルフリートにとっては賛辞に値することを彼はまだ知らなかった。





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「ここがお前たちの見張りポイントだ」
 クライヴはザックと渋るリアムを引き連れ、島の西側を訪れていた。
「結局こうなんのかよ」
「そう言うな。この夜警はいずれ当番制になる。人手が増えればその分一人の負担も減っていくから今が正念場だ。それに二人で交代して見張ればいいわけだから、片方が起きている間はもう片方は寝ていても」
「分かった分かった。あんたに高説されるまでもねえ。この俺が夜警の手本ってやつを見せてやる。傭兵なめんなよ」
「お、そう言ったからには絶対起きてろよ」
 ザックが茶化す。彼も夜ふかしには強いようだった。
「どうでもいいが、喧嘩はすんなよ二人とも」
「大丈夫だって。リアムが喧嘩ふっかけてこない限りは。なあリア……」
 リアムは寝息を立てていた!
「早ッ! こいつ寝るの早すぎだろ! 何が夜警の基本だよ。舌の根も乾かねえうちに!」
 二人の先行きが心配になったクライヴは情けなくも嘆息した。
「ザックはリアムが起きてから仮眠すればいい。それまで起きてるんだぞ」
「へーい。にしてもさすがに早過ぎだろ」
 ザックがリアムの寝顔に落書きをしようとした、次の瞬間。
「別に寝ないとは言ってねえけどな」
「うわっ、急に起きんなよ。」
「言い忘れたことあった。ザック、俺が寝てる間に間違っても悪戯とかするんじゃねえぞ」
 咄嗟にペンを隠した後ろ手が震えるザックであった。
「借金の利子跳ね上げるからな」
「は、はいぃぃ」
 ザックはこの手の脅しに滅法弱い。
「あとこれ」
「何だよ」
「見て分かんねえ? 毛布と虫除けスプレー」
 いつの間に持ってきていたのか、大きめの毛布と円柱形の缶を寝ぼけ眼でいじっている。スプレー缶の照準をザックに合わせ、噴射。
「うわっと。どうした急に。これリアムの私物だろ」
「いや、使えば? って思って」
 リアムがザックにぐいっと押し付けてくる。
「どういう風の吹き回しだよ。いらねーよ、どうせ金取るんだろうし」
「そういう台詞は借金完済してから言いな」
 ザックは少し笑った。
「ありがてえけど、いいよお前が使えって」
 リアムが少し不機嫌になった。ザックはそのことを知ってか知らずか穏やかな口調のまま空を仰ぐ。
「……あの頃と違って俺は強い。天下の革命家様だぞ? アハハハ」
「ふん」
 同じ場所に寝転がると、リアムはまた凄い早さで寝息をたてている。ザックはこのとき、ひょっとすると寝ずの番をすることもある傭兵に早寝は必要な素質なのかもしれない、と思い始めていた。
 食い違う二人を目の当たりにしたクライヴは、ザックに耳打ちをする。
「使ってやらないのか。せっかくの申し出だぞ」
「そもそも今は夏だからよ、虫除けはともかく毛布とかいらなくね?」
「意訳すると、『お前に使って欲しい』って言ってたがな、リアムは」
「……ツンデレかっての」
 ザックはリアムが差し出した毛布を持て余していた。
「つか冬になったら毛布一枚じゃ足りねえし」
「その時までにはもっと強いお前らになってるだろうから大丈夫だろう。さて、俺はもう行くぞ」
「え、あんたとリアムがここの警備なんじゃ」
「人の話聞いてたかお前? それにお前らを邪魔するほど野暮じゃない。ハルカが待っているから俺は南側の警備に戻る」
 クライヴは振り返ることなく歩き出す。背を向けていたザックには見えなかったが、クライヴは少しはにかんでいた。
「何だよ……騎士二人して」
 リアムと同じ態勢になるザックの瞳を、星空が埋め尽くしていく。飛行島で見る空は遮るものが雲だけの、純度100%の景色だった。

 あの頃は―――。

 今も昔もきっと同じ空だっただろう。しかし当時は空を眺めながら眠るなど考えもしなかった。明日を見るのに夢中で。
(星空ごときにセンチメンタルになるとか、俺も随分ナマってきたな)
 しかし、闇や借金や利子やツケに苛まれているこの現状に、さほど嫌悪を感じないことに不思議を覚えるザックであった。





 後に宿屋は優先的にレベル上げをすることが決まった。新しい大工たぬきを雇用するためのジュエルも何とか工面できた。
 そして改装記念として各部屋にベッドや寝具が備え付けられた。このベッドがまた新たな波紋を呼ぶことになるのは、来年のことである。






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