短編

□サバイバルゲーム
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(この島に来たことがあるのは飛行島のメンバーの中では俺とハルカとソフィ殿のみ。だから土地勘は完全にこちらが優位なのだが……別にそんな取り立てて入り組んだ地形でもないのがなぁ。優位とはいえ、誤差の範囲だろう)

ゲーム開始の号令とともに剣を引き抜いたクライヴは、いつどこから襲撃されても防げるよう全神経を張り詰めさせる。

(俺は今どの辺にいるんだろう。近くに集落は見られないから、ウェルバ村からは結構離れているみたいだな)

主人公の出身地であるアストラ島は比較的こぢんまりとした島で、中央にウェルバ村、北に遺跡があることを除けば森くらいしかない。周囲は断崖絶壁であり、南西にある浜辺から外へ出られる。

(別の場所ではすでに戦いが始まっているのだろうか、最初に出会うキャラクターは誰なのか、いや誰であろうが相手にとって不足はない、いやソフィ殿以外であればもっと嬉し……)

「誰だッ」

背後の茂みに潜む気配をいち早く察知したクライヴは振り返ると同時に攻撃態勢に移る。

「さては―――ソフィ殿か」

「……ち、違います。すみません、ソフィさんじゃなくて」

見るからに頑丈な点滴台を携えた少女は、あまり戦闘向きではない足取りで姿を現した。





   *   *   *





ハルカは岩陰に潜んで息を殺している。その視線の先にはチェスプレイヤー。

(どうしよ、キャロがいる。戦ってみようかな。でもできれば斧職は避けたかったんだよね。私の防御力じゃ一撃でやられちゃうかもしれないし)

彼女の作戦の中にはヴィルフリート、リリエル、キャロ、オウガと対峙した場合は逃げるというものがあった。しかし一度開始のゴングが始まってしまうと好戦的な彼女は溢れる闘志を抑えきれなくなっていた。

(行こう。攻撃速度はキャロも私も大差ないし、こっちは遠距離攻撃も回復もできる)



ピンポンパンポーン



ハルカが逡巡していると、島内に響き渡るボリュームでゲームの通達が放送された。



〈リリエル:戦闘不能〉

〈残り26名〉



(ちょ、早ッ! もうやられたの!? 完全に出オチじゃん! さては自爆したわね)

「あちゃー、リリエルやられちゃったかぁ。……それはそうとハルカ〜、そろそろ出てきてもいいんじゃない?」

「げ、バレてたの?」

「あなた自覚無いのなら教えといてあげるけど、そのでっかいとんがり帽子って割と目立つのよね。岩からはみ出てたよ」

「い、言われなくても私だって戦うつもりだったし!」

岩陰から飛び出し、ハルカはすぐさま魔法の詠唱に移る。

「やってみせるわ! 《セイントレイ》!」

金色の魔法陣が虚空に現れ、彼女の周囲を風が渦巻き始める。そしてロッドを突き出すと同時に光の光線がキャロ目掛けて飛び出していった。

「その攻撃は何回も見てるからかわすのも楽勝! しかも魔法発動中は背後ががら空きになるっていう弱点も熟知してるわ」

セイントレイをやり過ごしたキャロがハルカ目掛けて走ってくる。しかしハルカは慌てない。

(もちろん私の必殺技だもの、この技の欠点くらいちゃんと把握してる。だからこそ大丈夫、これくらいの距離が空いていれば相手に移動速度バフでも無い限り、肉薄される前に私は次の攻撃に移れる)

キャロが斧を振り下ろす前にハルカは後方へ避難し、通常攻撃を始める。

(これを繰り返していけばいつかはあの子も攻撃を食らうでしょ。私は一定の距離を保ちながらSPを回復するだけ)

「そうはさせないわ! あたしのスキル受けてみなさいっ」

キャロが駒を宙に放った。それはたちまち巨大化し、人間と同程度の大きさにまでなる。彼女はそれをハルカに向けて飛ばしていった。

「うわっ」

回避するので精一杯だった。

「危なかった」

(ついに出た、キャロのスキル1《ヒドラ・コンビネーション》。あれは攻撃範囲がそこそこ広い上に、命中しちゃうと凍結する攻撃だから面倒だわ)

「さあ、立ち止まってる暇なんて無いよ。どんどん行くんだから!」

チェスの駒がまるで雪崩のように押し寄せてくる。

(キャロがスキルを連発し始めた。かわすの辛いけど、でもこれはチャンスだわ。確かにあの子は斧職では屈指のSP効率だけど、それをいいことに連発してたらすぐに底を尽きるはず)

駒の雨を凌ぐのに全力だったが、ハルカの思考は冷静さを保っていた。

(斧は通常攻撃の遅さも相まってSP回収が難しい。そこに勝機がある!)

ハルカは草陰から反撃の時をうかがうべく、キャロの姿を探した。

(いたわ。まだ私には気づいていない。こうなったらもうイチかバチか特攻しちゃおうかな。……行こう、一応保険のために《ブレスドサンクチュアリ》を発動しておいて、っと)

ハルカの回復魔法・ブレスドサンクチュアリには防御バフがついている。返り討ちになった際、致命傷を防ぐことができるかもしれない。

一度決断してしまうとハルカの行動は早かった。キャロが完全に背中を向けたタイミングで詠唱しながら疾走する。

(走りながらの詠唱、初めてだけど上手くいって!)

近づく。まだ気づかれていない。

もっと近づく。まだだ。

いや―――



「かかったわね」

「えっ」

ハルカの放つ光線はキャロの背中に当たらなかった。それどころか無防備を晒していたキャロの姿すら確認できない。

キャロは―――上にいた。

馬を模した駒と、不敵な笑み。

「あなたはね、あたしのチェス盤の上にいるのよ。あたしが負けるわけないじゃない」

「しまっ……」

形勢逆転。無防備になったのはセイントレイを撃ち終えたハルカの方だった。そこへ頭上から落下してくる半透明な巨石。状況を察した彼女の周りにチェスボードが広がっていく。

「これでチェック!」

《スマザード・メイト》

ナイトの圧倒的重量がハルカを襲う。

HP:0

「ぬああああああああ負けたあああああああああああああああああああ」

「やったーハルカに勝てたわ! やっぱりあたしってば無敵」

「ど、どうして私の接近に気づけたの!? 私の方なんか一回も見てなかったじゃない」

「さっきも忠告したでしょ。あなたの帽子は目立つって。草陰から先端がぴょこんって出てたわ」

「ぐぬぬぬ。こんな、こんな早くに脱落するなんて」

「しかもあなた二番目の敗者よ。最初のくじ引きで2番を引き当てた時点で何かあるだろうなとは思ってたけど、2って数字に呪われてるんじゃない?」

「あ……そ、そんな……」

精神的にもヒットポイントが0になったハルカは、目の前が真っ暗になった。





   *   *   *





浜辺で仁王立ちをしているオウガは参戦者が来るのを今か今かと待ち構えていた。遠くから地鳴りや金属音が聞こえてくるたび、その思いは一層強くなる。



〈ハルカ:戦闘不能〉

〈残り25名〉



「お、早速おっぱじめてんじゃねえか。俺んとこにも誰か来いよ」

マップを確認する。オウガ以外の誰かが浜辺に近づいてきているようだ。

「この辺に誰かいるかなぁ〜……ってオウガさんだ!」

ピレスタだ。

「おっし、竜騎士団長との手合わせの前にお前で腕慣らしでもすっか。撃破数も今のうちに稼いでおきてえし」

「にっげろー」

「おい待てっ」

最初から限定キャラクターと戦うつもりはなかったのか、ピレスタはオウガの顔を見るなり脱兎のごとく逃げ出した。移動速度が速いオウガは後を追うが、玉に乗った状態の彼女の逃げ足は異様に速かった。

「……普通に走るより玉乗りの方が速いとか、世界観おかしくねえか」

不満をぶつけたいにしても、ぶつけるはずだったピレスタの後ろ姿は跡形もなく消え去っていた。

「次だ次ィ! あそこにいんのは誰だ……?」

目を凝らす。全身青が青の小さなシルエットは独特で、星たぬきを連想させた。

「名前忘れた。女のガキしかいねえのかよ。まあ関係ねえ、あいつで準備運動させてもらうぜ」

オウガは草音を隠すことなく接近する。強すぎる彼は不意打ちという発想を持ち合わせていなかった。

案の定、見つかった。それもかなり早い段階で。

「わっ、オウガさんが出た!」

(俺はお化けか何かか?)

例に漏れず逃げ出すポン。

「待ちやがれパン!」

「嫌です! あと私の名前はポンっていうんですよ!」

移動速度バフがかかっていた彼女は木々を利用してオウガを振り切ってしまった。

「ちっ、どいつもこいつも。鬼ごっこじゃねえんだぞ」

「ハハッ、オウガさん二連続で振られてんじゃん。恐れられてるねえ」

今の一部始終を樹上から見下ろしていたザックが、オウガと同じ地上へと場所を移した。

「金獅子の戦闘スタイルはさすがだぜ。姿見られただけで不戦勝とか斬新過ぎんだろ」

「ようやく骨のありそうな奴が出てきたな。俺らも始めようぜ」

「ああ。だが断るッ!」

「なにぃ!」

路地裏で鍛え上げた脚力でピレスタやポンと同じ方向へ逃げ出すザック。本日何度目であろう対戦相手の背中を見てオウガが吠える。

「お前ら覚えとけよ! 俺に背中向けたこと、あとで泣いて後悔するほど捻り潰してやっからな!」

(おっかねえ)

触らぬ神に祟りなし。この場合“触られなかった”ことに対してオウガは怒っているのだが、今のザックに憤怒した金獅子へ戦いを挑む度胸はない。

ここでオウガは初めて焦りを覚えた。

(おいおい待てよ。まさかこのままマジで一戦もしないで勝ち残るとかねえよな?)

「自分で探しに行くっきゃねえか」

果報は寝て待てとは嘘だ、とはオウガの言である。





   *   *   *





「けろっ! ゲオルグさん見〜っけ!」

「くっ、次から次とキリがないぞゲオルグ」

「3対1か」

オウガが避けられるタイプの限定だとすれば、ゲオルグは群がられるタイプのキャラクターだった。今彼の周りにはロッカ、フローリア、そしてツユハが集結したところである。彼女らの共通点は水属性だという点。

「ジモ島でマグマジンとやりあって思ったんだけど、やっぱり炎には水だよねぇ」

ロッカは容赦なく凍てついた光線を放ってくる。

(ロッカのスキル攻撃はレイヴンのものに似ているが、見かけほど射程は無い。この状況で優先して注意すべきは他の二人だ)

「多勢に無勢を利用しての勝負、お許し下さい。《グローイングブルーム》」

カグツチの足元から草木が急速に生い茂る。

「ふんっ、そんな遅い攻撃で我を倒せると思ったか!」

「だが気をつけろカグツチ。あの攻撃は範囲が徐々に広がる。油断していると食らってしまうぞ」

「飛べばいいんだろう」

飛翔した彼らはフローリアの必殺技すらも難なく回避してみせた。

「それならお空の上でツユハと勝負しよう!」

傘を開いたツユハは翼を持った鳥の如く宙に舞い上がった。そこからは彼女とドラグナーの一騎打ちが展開されていく。

天気は雲一つない快晴。それなのに雨が降る。ゲオルグたちよりも高度を上げ、自由自在に雫を落とす。スキル時間が長く移動速度も高いため、この辺一帯はたちまち豪雨に襲われた。

ゲオルグはカグツチと一体になり、雨の弾幕を巧みにかわしていく。もちろん迎撃も怠らない。カグツチはツユハ目掛け、一切の容赦もなく火炎弾を飛ばしていった。

地上で固唾を呑んで戦況を見守っていたロッカとフローリアは、ツユハの土砂降りから避難するため退却していった。周辺に残る者は誰もいない……

いや。

木陰から虎視眈々と襲撃するタイミングを狙う者が、一人。

(さあツユハ、お前は一旦退いていいぜ。こっからは俺の番だ)

誰よりも己の伝説の確立に執心する少年とあらば、ドラゴンと手合わせをしてみたいという好奇心を抱いたとしても致し方なかった。





「うへぇ、べとべとして気持ち悪ぃ。たまたま通りかかっただけなのについてねえぜ」

ザックはツユハの土砂降りの犠牲となっていた。彼女が攻撃手段として雨を降らす場合、それはただの水ではなくなる。

(スロウ付きの雨とか反則だろ。とっととこの激戦地からおさらばしてえのに、おかげさまで上手く走れねえ)

このときザックは二人の戦闘にばかり集中しており、背後に近づく気配を悟るのに遅れてしまった。

「ッ! 誰だっ! うぐ」

スロウ状態の彼は振り返ることも、避けきることもできなかった。草と土の感触。何者かに押し倒されたと知るやいなや必死で抵抗する。

「は、放せこの野郎!」

「静かにしろ。落ち着けって。俺だ俺」

聞き覚えのある声だった。暴れる力が薄まる声。

「え? リアムか」

「おう」

「さ、さてはお前! 俺が謎の粘液まみれでスロウ状態になったのをいいことに、日頃の恨みつらみを込めて無限イグニッションの拷問をするつもりだろ! キャー」

「その路地裏特有のアブノーマルな発想やめろ。そういうのはまた別の機会に残しとく」

「別の機会があるのですね……」

思わず敬語になってしまうザック。頭で思い描いた地獄の拷問は割と近い未来に訪れるんだろうなと諦めの境地に至る。

「今は、アレだろ」

リアムは真っ直ぐに空を見上げる。その視線はよく見るとドラグナーを捉えているように見えた。

ザックは嫌な予感がした。この伝説男のバックで後光のように漂うジャイアニズムは何だろう。

「ゲオルグを討つ。お前も手伝え。嫌とは言わせねえから」

(やっぱそういう流れになります?)
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