J×Y (Short)


□視線
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また見られてる…。

首筋辺りにチリつくようなものを感じる。
何気ないふりをして周囲を見渡すけど誰とも目は合わない。

わざわざ見ないで話しかけてくれればいいのに。
今は休憩時間でそれぞれ回りのメンバーと雑談をしている。

それなのに。
俺、未だに好機の目で見られてんのかな。


入った頃、初めての日本人というせいもあってじろじろ見られて居心地が悪かったのを思い出す。
実際、好意的な視線だけではなかった。
ヒソヒソ話されると悪口のように思えて。
言葉がわからないから不安になって悪口から勉強しようと思ったくらいだ。

ステージで浴びるファン達の視線と違うものには今でも少し敏感になってしまう。

仲のいいメンバーもそれなりにできて前よりは気にならなくなったものの。
外を歩くときなど人とすれ違うとやはり見られている気がしてしまう。


自意識過剰だとも思う。
俺は小さい頃からそれなりに視線をひくらしくある程度は慣れている。

でも、やはり外国であびる視線はそれとは違う。
好意、好奇心、悪意、嫉妬…色々だ。

大分気にしない方法を身に付けたが、あんな風に集中的に見られるのを感じると無視も出来ない。



そう思いながら鏡越しに練習室をぼんやり眺めているとメンバー達とふざけていた筈のジェヒョンがふと顔をあげ俺に気づき目が合った。

ジェヒョンにニッコリされたので俺もつられてヘラっと笑い返す。
するとジェヒョンは話していたメンバーから離れて俺の方に近づいてくる。

ジェヒョンは年下だけど俺より、いや兄達より賢いと思う。
客観的に周囲を見ていてメンバーの変化にも割りと早く気づくし対処も卒がない。

「ユタ兄。疲れてますか?」

ジェヒョンが俺のとなりに座る。

「そう見えた?
ま、お前よりはおっさんだしな。
エネルギー切れは早いかもな。」

自虐で返すとジェヒョンが素早く否定する。

「そういう意味じゃないですよ。
単純に今日は疲れてるのかなと思っただけですよ。
じゃあエネルギー切れのユタ兄にこれあげますね。」

ジェヒョンが差し出したのはキャンディ。
こいつの鞄の中にはいつもおやつが入っている。

「いつも持ってんな。いいよ。
これお前のおやつだろ?」

ジェヒョンのお裾分けはなんだか気が引ける。
本当に食べることが大好きで。…ようは食い意地がはっているw
ドンヒョクと似たようなものだが本人は少し違うと否定している。

「これは人にあげるようです。」

俺の丁重な断りを全く気にしない風にジェヒョンがニコニコしている。

「は?餌付けw?」

餌付けは冗談だがサービス精神か。
そういや大阪にもいたな、こういうオバチャン。

「ふふ。面白いこと言いますね。
んー。そうなりますかね。」

ジェヒョンは冗談も多い。
普段は可愛い弟の『ふり』をしているのか?
というくらい辛口だったりユーモアの利いた切り返しもするので仕返しをされる兄達もいる。

「お前が言うと怖いわwww
じゃあ俺は餌付けされちゃうわけ?」

でもジェヒョンは皆と話しているときの愛想が良すぎて。
時々何を考えているのか読み取れない。
一人だと結構、真顔なことも多いのだ。

誰かに害を及ぼすような性格ではないと思うが。

「あはは。ユタ兄を餌付けですか。
それいいですね。
餌付けされてくれますか?」

餌付けなんて冗談なのに意外とのってくる。

「人を犬猫みたいに言うな。
俺は一匹狼だ。」

一匹狼は大げさだが、俺は一人での時間潰しも割りと好きだ。

「残念です。僕、自分のモノは大事にしますよ。
だからユタ兄のことも物凄く大切にしますよ。」

確かにジェヒョンは面倒見もいいし遊ぶのも好きなのでウサギとか生き物係も似合いそうだw
ジェヒョンは本当にずっとニコニコしている。

「だから。
お前が言うとなんかシャレにならないってのw」

だけどやはり笑顔のままどこまでが本気なのかわからない。

もしかしたらジェヒョンは一人っ子だし意外と独占欲が強いかもしれない。
誰かが手懐けられるのを想像しかけて少し怖くなる。

「なんでですかー?
まあでもユタ兄、食べてください。
甘いものを食べると元気出ますよ。」

キャンディを握った手を更に俺の前に出す。

「餌付けと関係ないなら食べてやる。」

少し上からだが、こういうやりとりもジェヒョンはきっと気にしない。
楽な弟だ。

「いいですよ。どうぞ〜。」

キャンディをあげるジェヒョンのほうが何故だか嬉しそうだ。

「サンキュ。」

貰うのは俺の方なのに。
ジェヒョンはニコニコしたままだ。
真顔以外で気を悪くするところなど見たことがない。

俺より体は大きいけど品のいい飼い犬みたいな優秀な弟。

まただ。



またあの視線を感じる。



誰が俺のことを見てるのかは相変わらずわからない。
きっと顔をあげて確認したところで誰とも目は合わない。


だけど、あのチリつくような感覚を感じる頻度も増えてきて無視できなくなっている。

誰だ?
そもそもチリつくって俺に対してどういう感情だとそうなるんだ?


やっぱり気になる。顔をあげよう。
そう決めた時、一瞬考えが浮かんだ。

もしかして。

顔をあげて見回すから相手も気づいて素早く逃げられてしまうんじゃないだろうか。

それなら。

俺は窓の外の景色を見るフリをして顔を上げた。
勿論、目的は違う。

焦点は窓の外の景色じゃない。
窓ガラスにうつる誰か。


誰だ。誰が俺を見てる?
だけど素早く確認しても目は合わなかった。

合わなかったけど。
一人だけ顔を上げているメンバーがいた。


「…雨。降ってきたみたいですね。」

顔をあげてる人物が皆に知らせるように言った。

「え。マジか。傘持ってきてねー。
てか、お前よく気付いたな。」

ドヨンが大きい声で言うと皆が次々と顔をあげて窓の外を確認する。

「えー…た、またまですよ。」

言葉の歯切れはどこか悪い。

「流石。ジェヒョン。」

ジャニが誉めると目を伏せてジェヒョンが小さく笑った。


その反応に少し違和感を感じた。

歯切れの悪いジェヒョンなんて珍しい。
誉められてるのに控えめな愛想笑いも。

そして

窓の外を見ること自体は誰でもあるけれど。
誰かと同じタイミングで同じ方向を見る事がどらくらいの確率であるのか…。

偶然にしては出来すぎている気がした。

見られていた訳でも目があった訳でもないけど。

まさか…?

皆の声がする方を改めて振り向くと今度はジェヒョンと目が合う。
するとえくぼがわかる程の笑顔になる。
女の子が好きそうな優しい笑顔。
俺から見ると人懐っこい弟の笑顔だ。


可能性だけどもしかしたら…。
これまではどうだっただろう。

思い出しながらジェヒョンを見返す。

「ユタ兄は持ってきてますか?傘。」

考えているうちにジェヒョンが俺に近づいてくる。



その瞬間、何故だかゾクッとした。



ステージ上で感じるものとは違って。
好奇心でも攻撃的でもない…チリつく感覚の視線。


その視線の発信源がジェヒョン?


ジェヒョンと俺はそれなりに仲のいい方だと思う。
俺の方が兄だけど気もよく利いて頼れる弟。


でも。
そう思ってるのは俺だけだとしたら?

視線を感じ取れてしまうほど俺のことを見てるとしたら。


…視線の意味はなんだろう。


混乱してくる。

ジェヒョンは俺のとなりに来るとニコニコしたまま話しかけてくる。

「兄ー?大丈夫ですか?
ボーッとしてますよ。
調子悪いですか?」

ジェヒョンらしい気遣い。

「……いや。
俺、ちょっと飲み物買ってくるわ。」

俺は頭の中を整理したくてその場から離れようとした。
すると、

「え?あ、僕もいきます。」

ジェヒョンも着いてきた。

なんでこんなときに限って。
いつもは気にならないが、今は一人になって落ち着きたかったのに。

「ユタ兄は今日、傘持ってきてますか?」

俺の歩調に合わせて横を歩きながらジェヒョンがのんびりと話しかけてくる。

その様子から俺に対する負の感情は全く感じない。
嫌われてはないはずだ。

そう思えるのに。
思っているより俺は動揺している。

「いや。走って帰る。」

適当に答える。

「駄目ですよ。それじゃ風邪引きます。
僕途中まで送りますよ。」

気が利くうえに親切な弟。


そのジェヒョンが俺のことを何故あんなチリつくような視線で見てる?

本当は俺のことが気に入らなくて観察されていたのだろうか。


考えているうちに段々と違和感が動揺になり…そして不安になってくる。
ぎこちないまま自販機でとりあえず飲み物を買うことにする。

「ユタ兄、それ。」

すぐ近くで声をかけられてビクッとしてボタンを押してしまう。
出てきたのはココア。
しかも激甘で苦手なもの……間違えた。

「ユタ兄、珍しいですね。
それあんまり飲まないですよね。
甘すぎるって前に言ってませんでした?
って言おうとしたんですけど…。」

ジェヒョンが少し心配そうな顔をして俺のもつココアを覗きこむ。

「あー…ジェヒョン飲むか?」

一人で色々考えこんでいることを隠すためにジェヒョンのために買ったようにふるまう。

「え?いいんですか?」

ジェヒョンが甘いココアを嬉しそうに両手で受けとる。

「うん。俺、これ苦手だし。
お前にやる用。」

「わー。ありがとうございます。
嬉しいです!
僕も今度何かお返ししますね。」

食べ物を貰うジェヒョンは本当に幸せそうだ。
ココアに頬擦りしてる。

「いや、いつもおやつくれるし。
別にいいよ。」

ジェヒョンからは相変わらず飴やチョコなどを貰う。
確かにお礼もかねて飲み物くらいあげてもいいと思った。

すると。

「ふふ。餌付け成功だぁ。
ユタ兄が僕にくれるなんて。
幸せです。」

ジェヒョンが声を弾ませた。
えくぼが相変わらずくっきりとでている。
よく笑顔だけでこんなに嬉しい感情がだだ漏れるものだな。

ジェヒョンの笑顔はみるとなんだか安心する。
犬が尻尾を振っているみたいだ。

でもそんなに喜んでいるのにあげたココアを何故だか飲まずにポケットにしまってしまう。
そして、

「ユタ兄。睫毛ついてます。」

ジェヒョンが俺の顔を覗き混んできた。

「え、どこ?」

自分で目を擦ろうとすると。

「目に入ったら危ないです。
僕、取りますよ。」

顔を擦ろうとした俺の手をジェヒョンが軽く握って制止する。
そして、左手で俺の頬を包み込み右手で顔の睫毛を取り除こうとする。

手が目の近くに近づいてきたので俺は反射的に目をつぶる。

やっぱり考えすぎか。
だってジェヒョンはこんなに俺に親切だ。


俺の目の下を暖かい指が優しく触れる。

「ユタ兄。とれましたよ。」

言われて目を開ける。

だけど、ジェヒョンは俺の頬に手を添えたまま俺の顔をじっと見ている。

「…なんだよ。どうした?」

不思議に思って声をかけると。

「なんかドラマのラブシーンみたいですね。」

ジェヒョンが内緒話をするように声を潜めて笑った。
ジェヒョンは上品なお坊っちゃん顔だ。
女性なら王子様みたいだとさぞかしときめくことだろう。

だけど、男同士。
そんな雰囲気をだしたつもりはない。

やっぱりあの視線の犯人はジェヒョンな筈がない。
今も冗談を言ってヘラヘラしてるのに。
あんなチリつく視線を俺に向ける理由がない。


冗談に言い返そうと少しだけ横を向いて考えたあとジェヒョンを見返すと視線が絡まる。

さっきから距離感は変わらないのにジェヒョンは再び目があったことに驚いたのか一瞬目を見開く。
そして何故か真顔になり動かなくなった。


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