頂物

□white lie
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亜空事件の詳細は、ミドナも話だけは聞いていた。詳細と言っても、説明したのがこのだらしない勇者だったので、大雑把な説明を受けただけに等しい。
説明の最後に、リンクは「不本意な人もいたと思うけど、皆が一致団結したんだよ。そう考えるとたまには困難も悪くないよね」などと暢気極まりないことを口にした。しかしミドナはその言葉に逆に感心した覚えがある。勇者気質とでも言うべきか、彼にとって困難は苦痛になり得ない。

「決戦前に、大迷宮という亜空の中を抜けなければならなかったのですが、そこで、リンクが」

「うん」

ミドナとしては暇潰し程度の話題の持ち掛けだったのだが、あまりにもゼルダが懸命に答えようとするものだから、話の腰を折るような無粋な真似などせずに続きを促した。
所謂ノロケを聞かされるのだろうかと思っても、ゼルダが言うとノロケとはまた違って聞こえる。ミドナだってこの二人が好きだった。二人がお互いに惹かれて想い合うのも、他人事であっても嬉しかった。

「必ず、私の前に立っていて下さるんですもの。私も前に出なくては、リンクばかりが敵に狙われてしまうのに、リンクが、許してくれなくて」

「へえ?」

「『前衛しか取り柄がない』とか『ゼルダ姫は援護が上手いから』とか、リンクは何かと私を後ろに回そうとするのです」

長い付き合いの中で、この小柄な勇者がかっこつけたがりのくせに照れ屋だということは、ミドナもよく承知していた。ミドナはその場にいなかったが、見栄を張った勇者の姿が瞼の裏にありありと浮かび上がる。
ストレートに「ゼルダを守る」とは言えないのだ。それらしい無難な言い訳を並べて、決してゼルダが敵の手に掛からぬように。

「無い頭で考えたんだろうな。どうすれば姫さんを守れるか、ってな」

「結局、私は言われるがままに援護に徹していて、迷宮を抜ける頃には、リンクばかりが傷だらけで……。でも、リンクは私を見て、ほんの少しだけ笑ったのです。わたくし、その時になってやっと、リンクの真意がわかったの」

見え透いた嘘の理由は、しかし迷宮を突き進んでいる時は全く解らなかった。なぜ前に出ることに頓着するのだろうと思う暇も無いままに、敵が眼前に迫ってくる。そんな時にたった一つや二つの嘘に拘ってはいられなかった。
ゼルダが思うに、リンクの嘘はいつもそうなのだ。下手くそなそれは、その場は凌げても、事が終わると一点の綻びのように真実が露見する。

「私を守っていて下さったのだと、そう気付いたら、もう……」

その続きを、ゼルダは言おうとはしなかった。これ以上は言葉にするのも躊躇われるらしい。

「ふぅん、ヘタレ勇者サマもなかなかやるじゃん。姫さんはコイツのそういうとこが好きなんだ」

ゼルダは子供がやるように、こくんと頷いた。

「リンクは、嘘つきなのです。……誰も傷付けない嘘ばかりで、リンクは、いつも卑怯なの――」

その時、とんとん、と控えめに和室の襖が叩かれた。喋っている間に俯いていったゼルダが顔を上げて返事をすると、襖がすたんと音を立てて開かれた。

「ゼルダ、この間言っていた本のことなんだが……邪魔したか?」

襖を開けたのは、もこもこのブランケットを羽織ったサムスだった。ミドナと、カーペットに突っ伏したリンクを見るなり声を潜める。
和室と廊下を隔てていた壁が無くなったことで、他の部屋から子供や元気いっぱいのオヤジ達の騒ぐ声が明瞭になった。サムスが襖を閉めてしまう前に、ゼルダは慌てて炬燵を出た。

「いえ、大丈夫ですよ。ミドナ、私は少し外しますね」

「ああ、待ってるよ」

爽快な音を立てた襖が、二人の女性を外にして今度はそっと閉められた。話し相手がいなくなったミドナは、しかし再び蜜柑を手にすると口角を吊り上げて喋り出した。

「……だそうだぞ、リンク」

俯せで寝入っていた勇者の瞼は、いつの間にか開かれている。ミドナはそれに驚くこともなく、クククッと人を小馬鹿にしたような笑い声を漏らした。
実を言うと、リンクはあの時から起きていたのだ。それに気付いたミドナは「ちょっと動いただけ」などと言いながら、リンクに暗に「起きるな」というサインを送った上で、ゼルダに話の続きを促したのだった。

そんな訳で、こっそり一部始終を聞いていた勇者は、しかし特にリアクションも見せないまま黙って炬燵から手を伸ばした。
からかいたいミドナの相手をするつもりはないらしく、やけに真剣な顔をしている。

「ミドナ、そこにあるティッシュ取って」

「はあ?ああ、これか」

背後にあったそれを渡すと、リンクは漸く炬燵から這い出した。見れば左手は鼻を摘まんでおり、ティッシュを受け取ると数枚取って鼻の辺りを庇うように押さえる。
瞬く間に赤く染まっていくティッシュに、さすがのミドナもぎょっとした。

「なんだよ鼻血かよ!ってうわ!カーペットが殺人事件じゃないか!」

「はなぢ……とまんなくて」

「そういうことはさっさと言えよ!ワタシは知らないぞ」

「だって、ミドナがなんか寝たふりしとけみたいなこと言うから、大人しくしてたら鼻がむずむずしてきてさあ」

「バカじゃないのかオマエ」

炬燵で逆上せるヤツなんか初めて見たぞ。と、呆れたように呟いたミドナは、両手にティッシュを持ってカーペットの血を必死で叩く勇者の間抜けな姿を見て、ふっと目を白けさせた。
顔や耳どころか指先まで真っ赤な勇者は、どうも平常心が仕事していないようだ。

「オマエ、まさか鼻血の原因は炬燵じゃないとか言わないよな」

「いやー、ちょっと血取れないっすねハハハ」

「そこであからさまに目を逸らすな!ホントにどうしようもないヘタレだなオマエは!」

かっこつけたのがバレていたという羞恥が極まったか、それとも恋人の赤裸々な告白に照れたのか。どちらにしろ、茶化してやるまでもない。
嘘つきなくせに自分の気持ちには正直過ぎる勇者を前に、ミドナの口からはため息しか出てこないのであった。



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