頂物

□white lie
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吐く息も白くなり、そろそろ雪が降ろうかというこの季節。六畳の和室を占拠した黄昏の戦士三人は、それぞれ思い思いの格好で寛いでいた。
スマッシュブラザーズとして参戦しているリンクとゼルダ。そして、影の世界やアシストフィギュアさえも飛び出した真の姿のミドナが、この日は遊びに来ていた。
実はゼルダがこの部屋に来る前は、今彼女がいる場所にガノンドロフがいたりした。そこで魔王と勇者と黄昏の姫がどんな会談を開いていたのかは、この場では省略する。

部屋のど真ん中に設置された炬燵の中で胡座をかくと、ミドナは煮柳の籠に積まれた蜜柑を手に取った。
正面にある観戦用モニターという名のテレビを観ながら口を開く。

「まったく、久しぶりにワタシが遊びに来てやってるっていうのに、コイツはこれだもんな」

皮を向いた蜜柑を二粒口に放り込むと、ミドナはリンクを見下ろした。
炬燵に首まで潜り込み、その上から半纏を被り、押し入れから引っ張り出した座布団を枕にして、かつての勇者が寝入っている。一般的な炬燵より大きめな作りのそれは、勇者の体がすっぽり入るジャストサイズだった。
炬燵を設置したマスターハンド曰く「体の大きなファイターが炬燵に入れないと可哀想だ!」とのことだったのだが、その配慮は、ここにいる姫二人より背丈の及ばない勇者に掠め取られた。よって、炬燵の中を占領する伸ばし切られた二つの足により、ミドナは胡座を、ゼルダは正座を余儀なくされている。ゼルダからは二つの無防備な足の裏さえ丸見えである。

「よくもまあ、コイツがスマッシュブラザーズなんてやってられると思うよ。この体たらくでさ」

ミドナの棘だらけの言葉は、棘が多ければ多いほど信頼の裏返しである。彼女の天の邪鬼な性格を熟知しているゼルダは、それをうっすら微笑んで聞いていた。
観戦用モニターの中では、激しい戦いが繰り広げられている。あの戦いの中に、この脱力感満載のリンクが飛び込んでいくのは、なるほど想像し難いものだった。

画面の中のトゥーンリンクが、ゴールデンハンマーを手にした。途端に空中浮遊しながらハンマーを振り回すその子供から、残る対戦者三人が懸命に逃げる。
ミドナはその様子――と言うか、主にトゥーンリンク――を見ると、ふと思い出したようにゼルダに訊ねた。

「そういや姫さん、コイツと付き合ってるんだって?」

礼儀の欠片もなく、青白い指で寝入っている勇者を指差す。
ゼルダはその言葉を聞いて、片手に蜜柑を一粒摘まんだまま固まった。

「ミドナ、それをどこで?」

「ん、今ハンマー振り回してるチビから聞いた」

画面の中の猫目は、相変わらずの観察眼の持ち主だった。小さな彼は、あの大きな目でどんな嘘や隠し事も見抜いてしまうのだ。
因みに、今回の件は特に隠していたわけでもないのだが、リンクもゼルダもトゥーンリンクに二人が付き合い始めたことなど言っていない。

秘密の関係でもなければ、後ろめたい付き合いでもない。ゼルダはミドナの問いに、黙って顎を引くように頷いて答えた。
当人の前で堂々と肯定するのは、たとえその人が眠りの中にいても憚られる。王女ゼルダは、立場上本音を公にすることに慣れていない。

「へえ!やっぱりそうなのか。コイツは姫さんのことやたら見るから、もしやとは思ってたけど。まさか姫さんも……とはな」

黄昏の姫は、その滑らかな頬に不敵な笑みを浮かべた。慈愛を含んだそれに、ゼルダはミドナの器量を知る。

「まあ、えっと『リア充末永く爆発しろ』ってやつだな」

「リア……爆発?」

「いや、なんでもない」

ハイラルやその他周辺諸国の貴族や王族がお熱を上げる麗しの王女は、驚くことに田舎の素朴な青年の心に落ちた。
考えれば考えるほど釣り合っていない。ミドナの脳内でリンクとゼルダが天秤に掛けられるも、天秤は即座にゼルダ側に振り切り、リンクは上に持ち上げられた反動で吹っ飛んでいった。

「姫さんならもっとレベル高い奴らを狙えるのに。姫さん、コイツなんかのどこがいいんだ?」

叡知の王女が単なる田舎者の手にあると知れば、ゼルダにお熱だった奴らは勇者の暗殺でも企むんじゃないのか。
面白半分に考えてみたが、貴族王族の付け焼き刃な特攻にリンクが敗北するとは思えなかった。それはそれでつまらない。

「どこ、と言われましても、明確な答えは私にも分からないのですが……」

生真面目なゼルダは、ミドナの気まぐれな質問にも時間を掛けて答えようとする。
その時リンクが何事か唸ったような呟いたような気がして、ゼルダは正座を崩して背伸びした。

「お、起きてしまいましたか?」

「いや、コイツは寝ても覚めても弾けてるヤツだから、ちょっと動いただけだよ」

「そうですか……」

もじもじ座り直したゼルダは、蜜柑を摘まむミドナを見上げる。
眠る勇者を見ていた黄昏色の瞳がゼルダに移ると、ゼルダはまた正座をし直した。

「例えば……もう何年も前のことになりますが、スマッシュブラザーズのこの世界で、後に亜空事件と呼ばれる事件が起きまして」

「うん」


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