長
□ふわふわな関係
1ページ/1ページ
ひゅうと吹き抜けた風があまりにも冷たく、土方はすぐにダウンのファスナーを限界まで引き上げた。
立冬を過ぎて数日、そろそろマフラーが必要かもしれないと、日に日に寒さを増していく大気に対して抑えきれない呻きが零れる。
のんびりとした休日、土方は銀時と連れ立って最寄りのスーパーへと足を伸ばし、その帰路に高杉の元へ寄り道をしていた。
「気をつけて帰れよ」
西日に目を細めていた土方は、戸口から出てきた銀時を追うようにして顔を出す高杉の言葉に小さく頭を下げた。
対照的に銀時は、虫を追い払う仕草で手を振り何事かをぼやいている。相変わらず、仲が良いのか悪いのか判断しかねる態度だ。
「じゃあ」と、その声を最後に戸が閉まる。途端、周囲の竹が風とは無関係にざわめいて刹那の瞬きの間に戸口は姿を消した。
高杉の住まいへ繋がる戸口の出現と消失に関して、土方は未だどういう原理なのか理解できずにいる。おそらく、いくら頭を捻っても分からない次元のものなのだろう。
高杉や銀時にとって馴染み深い世界は、しかしきっかけがなければ土方には一生関わりの無いものだったのだ。到底、手が届き理解できる力ではない。
「十四郎?」
ぼんやりと竹林を眺めたままの土方を不思議に思ったのか、視界の中に入り込んだ銀時が名を呼ぶ。ぱち、と瞬き、土方は「行くか」と囁いた。
白い息が風に流れる。情けない話だが、元気もやる気も寒さに吸いとられていくようだった。
隣を歩く銀時は水紋をあしらった白の着流し姿に駒下駄という、見ているこちらが余計に寒くなるような格好で平気な顔をしている。
妖怪というのは、気温に左右されないのだろうか。羨ましい、と胸中で呟いた土方は、不意にむず痒くなった鼻を風に擽られ、大きめのくしゃみと共に頭を揺らした。
「寒い?」
「まあな」
鼻を擦ると銀時が心配そうに眉を下げる。彼は少し過保護だ。これくらいで体調を崩すほどヤワではない。
インフルエンザの予防接種も済んでいるし、と買い物袋を右手首に下げてポケットに両手を突っ込んだ土方は、口を開いた銀時の次の言葉にびたりと足を止めた。
「あっためてやろうか」
「…………………………えっ」
上擦ってしまった声を軽く咳き込んで誤魔化す。銀時はと言えば、土方の顔を覗き込んで赤い目を丸々とさせたまま、もう一度同じ調子に同じ言葉を継いだ。聞こえていないと思ったらしい。
境内の目に見える範囲に人の姿はない。休日とは言えど夕陽は刻々と地平線に近づき気温はさらに下がりつつある。
参拝者も帰途につく頃合で、おそらく残っている者がいたとしても鉢合わせになることはないように思えた。
しかし、と土方は銀時の顔から目を逸らす。しかし、「あっためる」には少々時間がかかりすぎるのではなかろうか。確かに銀時はどういうわけか体温が常人より高めなわけだけれども。
「十四郎」
「いや、え、ええっと、」
「遠慮してんのか? 大丈夫だって」
「人に見られたら不味いだろ…」
「そっか? でも俺、似たようなの前に見たことあるし」
そう言ってヘラと笑った銀時は、土方がまごついている間に次の行動に移っていた。
彼の動きに合わせて動く空気に目を瞑る。ゆら、と緩やかに流れた風に次いで温もりが土方の首元を覆い、肩に軽い衝撃を受けた。が、肌を擽る感触は予想していたものとは明らかに異なっているように感じる。
頭に疑問符を浮かべながらおそるおそる瞼を押し上げた土方は、視界をちらついた真白のそれを反射的に追いかけ、安堵とも落胆ともつかない吐息を零した。
「こうすりゃ少しはあったかいだろ?」
「ああ…、だいぶ」
擦り寄る鼻先を指で撫ぜると、赤い目が笑んだように細くなる。土方の両肩に四つ足を器用に置いて丸くなる白い狐は、さながらマフラーだ。普通の狐と違うのは、尾の数だろう。
冬毛なのか密集して柔らかい毛並みは風をほとんど通さない。心地よさに土方が首を傾けると、銀時は首を伸ばして舌を出した。唇を熱が這う。
「……」
「あれ」
ぱちくりと丸くなる瞳に邪気はない。揶揄いもない。しかしこれ以上顔を直視してほしくない土方は銀時の片耳を力加減無しに引っ張った。ギャンッと耳元で悲鳴があがるが、構っていられない。
「お前……! お前、銀時、お前な……外でこういうことは」
「ンだよ! 他ントコの犬っころが飼い主の顔面ベロベロ舐めてんの見たことあんだぞ、可愛いもんだろ俺のは」
「それとこれとは話が違うだろ! お前はその、違うだろ……」
銀時の目がこちらを向いている気配に一気に体内が熱くなる。顔も同様に火が吹く勢いで、きっと人に見せられたものではない。
首を一巡する銀時の体のうちの太くふさふさとした尾を引っ掴んだ土方はそこに思いきり顔を埋めることで崩れた表情を隠すことに成功した。
「……何が違うかはいまいち分かんねえけど、まあ、分あったよ」
少し不満げに銀時が言う。何が違うもなにも、彼が見たという犬と飼い主の関係性と自分たちの関係性は大いに違うのだ。それはもう大いに、非常に、盛大に。
銀時が人間態をとっているのならともかく、狐の形であるならばこれは自分の心の持ちようの問題なのではないかとも考えたが、しかし土方にとっては人間の姿も狐の姿も認識にそれほど変わりはないので、やはり銀時に理解してもらわねば困るところだ。
(……どう説明すりゃいいのか見当もつかねぇ)
嘆息を零すと、白い尾が手の内でゆるりと揺れた。
気づけば疾うに太陽は沈み、頭上には星がきらめいている。白い息がくっきりと現れては、静かに霧散していった。
「寒ィんだろ、帰ろうぜ」
「…おう」
すぐ傍で囁かれる声に土方は小さく頷いた。
肩にかかっているはずの体重は意識すると驚くほどに軽く、狐とはこうも軽いものなのか、それとも妖である彼の特性かはたまた配慮か、と土方の思考はだんだんにそちらへと移っていった。
伝わる温度に頬が緩む。謝罪の意味も込めて鼻頭に軽く口づけると、銀時の全身がぶわりと膨らんだ。
◇◆◇◆◇◆
ぎゅっとしてくれんのかなという期待がなんとなくあった土方さん。
タイトルは「Kiss To Cry」様より
・