銀土S

□白いうなじと林檎の香り
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土方の視線の先で木の幹に背中を預ける同僚は、いつものくたびれた白衣はどこへやらシャツ一枚に緩く締めたネクタイという出で立ちで紫煙を燻らせていた。

春が過ぎ、梅雨が明けて、夏が本格的に大気を支配しつつある時季に差しかかり、さすがに白衣を羽織っているのは辛くなってきたらしい。木陰の中、初夏の風に髪を揺らす姿は涼しげだ。


「よお」


声をかけながら木陰に体を滑らせると静かに視線を重ねられる。口元から指の間へと移る煙草は少し短い。


「お、土方先生じゃ〜ん。お昼食べたの?」


途端、眼鏡の奥の眠そうな目が柔らかく笑った。「ああ」とため息に近い返事を零し、土方は煙草を取り出す。

昼休みを使っての練習か、校庭を駆けまわっているのはサッカー部の部員たちだ。その様子を眺めている銀時のシャツが半袖に変わるのはいつだろうかと考える。

普段はあまり曝されることのない筋張った腕から、肩、首、横顔、と視線を流す。ふと、吸い込んだ煙を吐き出してもう一度首元へと視線を向けると、黙りこくったままの土方を振り向いて銀時はニヤリと笑った。


「なに? そんなに熱心に見つめられると照れるな〜」

「……髪、切らねえのか」

「髪? ああ、切ろう切ろうと思ってんだけどなかなかね」


指摘された銀時は小さく括られた髪のあちらこちらに跳ねている毛先を指で撫でて眉を下げる。

結べるほど伸びてしまうくらいに暇がないのか。ぐうたらしていそうなものなのに、と目を離さずにいると、顔を覗き込んできた銀時が首を傾けた。


「土方先生切ってくれるんですか?」

「冗談だろ」


さらに近づく頬を手のひらで突っぱねると、何がそんなに面白かったのかケラケラと声をたてて笑う。

すっかり短くなった煙草を携帯灰皿に押し込んだ彼は、校内には戻らずにその場にしゃがみ込んだ。


「スースーするんですよねえ」


銀時の指先がうなじを行き来する。その動きを無意識に目で追っていた土方は、無理矢理に視線を引き剥がして肺を煙でいっぱいに満たした。

直射日光から逃れているとはいえ、じりじりと這うような暑さはどうしようもない。時折肌を撫ぜていく涼風だけが救いだ。

まだ吸いかけの煙草の火をもみ消して、土方は白いうなじへと手を伸ばした。触れるか迷った指先は一瞬、宙を彷徨ったが、結局髪ゴムを引っ掛けてまとめられていた髪を解く。

ぱっと振り返った銀時は目を丸くしてこちらを見上げていた。


「び…、っくりしたぁ……」

「さっさと切っちまえよ、ダラしねえな」

「……土方、ちょっと」


髪ゴムを握る手を引かれ、呼ばれるままに膝を折る。目が合って、息を呑んだ瞬間にはもう退路を断たれていた。

腕を掴む力は柔らかい。解けない拘束ではない。振り解こうと思えば、それは彼の髪ゴムを解いたように簡単なことだろう。だが、長い前髪から覗くその瞳が、土方を捕えて思考の全てを奪っていった。

唇が耳元に近づく。肌を舐める吐息は熱を帯びている。


「……誘われたのかと思った」


笑みを滲ませる赤い目に呼吸が止まった。


「っんなわけ、」

「ないよな? そういう男だよ土方先生は〜!」


空いていたもう片方の手で背を強く叩かれる。傍(はた)から見れば抱き寄せられていると捉えられかねない状況だったが、今の土方にそれを咎めるほどの余裕はなかった。
 
健全を掲げる教育の場で出すには危うすぎる空気を全て吹き飛ばすけろりとした態度に、咳き込みながらもほっと胸を撫でおろす。上を向いた手のひらに髪ゴムを落とすと、銀時は伸びた分の白髪を素早く結わえた。

どんな行動が彼の『誘う』に当てはまるのか未だに把握しきれない。あまり不用意に触れ合うのはやめよう、とりあえずもう髪を解くのはよそう、と胸中で一人反省をしていた矢先、不意に銀時の顔が近づいた。


「土方、明日なんも予定ないよな」


問いに言葉ではなく首肯を返す。もしかすると、問いではなくただの確認だったのかもしれない。

そう、と頷いた銀時の指が撫でるようにして土方の髪を耳にかけた。長いわけでもない髪は、すぐにさらりと元に戻る。


「じゃあ、今日は一緒に帰ろう」

「は、」

「お前んちな」


それだけを言い置いて、銀時はさっさと立ち上がり校舎へと向かっていった。いつの間にか、サッカー部の声は聞こえなくなっている。

五限目には授業は入っていないはずだ。始業のチャイムを聞きながら、土方は木陰の中で彼が残した熱の残滓が溶けるのを待ち続けた。





◇◆◇◆◇◆


加筆修正済。
3Z以外で銀さんが教師だと最後まで「銀時」にするか「銀八」にするか迷ってしまう。
結局「銀時」にしました。加筆前は「銀八」だった。

タイトルは「まばたき」様より



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