幸せは訪れない

□2.それぞれの過ごし方
4ページ/4ページ

鶴丸が出て行った後、夜見はすぐにちゃぶ台を壁際に寄せ布団を2人分敷いた

一方は三日月が使い、一方は夜見が使うためだ

縁側を正面とすれば左側に夜見、右側に三日月が来る

『三日月宗近。先ほど話した通りだ、あなたは報告書を朝に鶴丸へと渡し、夜に取りに行ってほしい。此処の刀剣男士は人間が嫌いだ。僕が行けば何が起こるか分かったもんじゃない。逆にあなたであれば安全だ』

「報告書も」と言ってから明かりを消して夜見は布団の中に潜った

三日月と夜見の間には人が2人分寝れるスペースがあり、三日月はどうしてもそのスペースを埋めたくて仕方がなかった

そうでもしないと、自分は主について何も知らない他の刀剣男士と同じになってしまうからと不安である

三日月「主よ。近こう寄ってもいいか?」

『三日月宗近がそれで満足するなら、僕は構わない』

三日月「ありがとう」

すぐさま三日月は布団抜け出し、小さな布団に入り込んで主を抱きしめる

1日中、一緒にいられない環境の中で三日月の幸せはこの就寝前のほんの数分

自分が起きた頃には既に夜見はその腕に居らず、審神者部屋で報告書を纏めているからだ

傍らで見ているこんのすけはただ2人を見ていた

過去に仕えた審神者を思い出し、こんのすけはいつも夜になると涙を零しそうになる

過去の主はこんのすけに一言だけ告げた「幸せを掴むには生から目をそらない事」と

生にしがみ付かない夜見自身の今の生き方

それを見てこの青年の過去に何があったのか理解しているからこそ

こんのすけは彼に悲観を抱いているのであった

三日月「いつも思うぞ、主。どうして主から俺の香りがするのかを」

『...?一緒に寝ているからではないのか?』

三日月「...そうだな。そうかもしれんな」

三日月は気づいている、夜見の秘密に

そしてその秘密こそが、夜見が人間によって嫌われていた部分であり、逃げている部分である事も

それは言わないでいた



生まれた時の記憶はない

だが、夜見は誰かの柔らかい腕に抱かれ毎日飽きずに乳を強請った

飢えに苦しむ事もなく、寒さに震える事もなく、寂しさで涙を零す事無く、ただただ幸せに毎日を過ごしていた

立って歩けるようになった時、大勢の人に祝われたのを覚えている

その時に感じた幸福感は今ではもう忘れていた

5歳を迎えたある日の事、彼は急に両親から無理やり離され施設へと入れられた

両親の顔は覚えていない、その声も、温もりも、香りも、全てが覚えていない

施設に入ってからは優しいお爺さんとお婆さんの手で育てられ6歳となった時、最悪が訪れた

木の枝に登ってしまい、降りれなくなった子猫を助けようと施設の子供は持っている知識で対抗しようとした

夜見は当時の身の丈の4倍はあろうとする目的地を見ては、軽く跳躍する

あろう事か、その身体はふわりと飛びあがり

気づけば自身の身体は木の枝の上にあった

子猫を抱えて飛び降りれば、ふわりと地面へと着地し子猫を地面へと下したのだ

人ではない能力を見せた事により、施設の子供達からは化け物と呼ばれた

それは瞬く間に広まり、最後には周りから誰もいなくなってしまった

善意によって助けた命の報酬、それが嫌悪だった

何日も食べなくても衰弱する事のない身体に気づいた時、1日3食の食事を1週間に1食となり

寒暖差を知らない肉体であると気づいた時、衣類を肌シャツと下着だけでどんな天候でも外にいさせた

化け物なんか自分の所になんか要らない

6歳の少年は感情を捨て去り、未来から目を背け、その身を縮こまらせ、意志を捨て去り、本へと没頭し、気づけば18の青年となっていた

そんな時、年明けの施設に時の政府がやってきた

将来有望な審神者を探すべく身寄りのない子供達から選ぼうとし、夜見と2人の子供が選ばれ

大人たちは2人の子供に涙を零して衣類や写真を渡していた

時の政府の1人の男性が夜見を見た

冬なのにも関わらず肌着と下着だけの身体、何処にも行けないように首輪をかけ、手枷足枷を1メートル程の長さで固定され

最後には風呂にすら入れてもらえないのか、異臭と泥に塗れていた

名を持たず、学校へと行かされず、それでも文字の読み書きは施設の誰よりも出来ていた

そのような人間として見られない夜見の最後であった



三日月は起きる、腕の中の温もりが微かに残っているこの状況に何時も寂しさを感じる

起き上がると直の事、空いた空間がとても苦しかった

こんのすけが知っている夜見の過去

それが夢にまで見えてしまった

飢えを忘れ、温もりを忘れ、寂しさを忘れ、孤独の中でさらに孤独に生きてしまった

彼の願いはただ1つ

稼いだお金で墓を建てる事だ
次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ