幸せは訪れない
□3.果たすべき使命
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本日の書類整理が終わった夜見
縁側に座ってこんのすけを撫でながら練度を上げに行った三日月を待っていた
こんのすけ「夜見様。今日は雨が降るそうなのでお早めに部屋へ戻った方がよろしいかと」
本丸上空では分厚い雨雲が掛かっている
時々遠くから雷の鳴る音が聞こえるも、しけった臭いが漂ってこようとも
夜見はそこから離れる事はなかった
『大丈夫。僕は普通じゃないから。雨にあたったくらいじゃ風邪なんか引かない』
次第に風が吹き始め、木々を大きく揺らめく中
夜見はこんのすけを縁側へと置いて立ち上がった
こんのすけ「夜見様?」
不安で見上げた彼の横顔はいつも通りの無表情
夜見は裸足のまま転送ゲートに近づく
鶴丸「君!?」
ゲートには今日の遠征の帰りを待つ鶴丸と粟田口の長男一期一振がおり嫌悪を浮かべた
鶴丸が夜見に近づこうとし、ゲートが開く
鶴丸「!」
ゲートの中から出てきたのはボロボロになった三日月の姿
夜見は三日月がボロボロで帰って来る事が分かったために急いで移動したのだ
三日月は夜見を見るなり最後の力を振り絞って近づき、夜見へと抱き着いた
三日月「すまない、な...主...」
『手入れはしっかりとやる。此処までよく頑張った。後は任せてくれ』
三日月「あい、分かった...」
糸の切れたマリオネットのように全身から力が抜けた三日月を夜見はそのまま背に乗せ
ボロボロの刀身を鞘ごと大切に抱えて立ち去ろうとし身体を反転させると、そこには1人の人物が立ち塞がっていた
小狐丸「「化け物」よ。その三日月を大人しく渡せ」
腰には本体、目の前には赤目の狐
同じ三条の刀派であるがために「化け物」に担がれている三日月を守りたくてしょうがないのだ
『断る。彼は手入れを必要としている。だからこそ、このままの状態ではあなたに渡しません』
無表情の中に浮かぶ確固たる意志
それは彼が始めて見せた彼の「意志」だ
小狐丸は苛ついていた
目の前のか弱そうな人間に担がれる三日月に対し、そして何よりも「人間」の形をした「化け物」が目の前に居るだけで無性に腹が立った
『三日月宗近と話がしたければ彼の手入れが終わってからでも遅くはない。あなた達と三日月宗近が望むのであれば、僕は刀剣男士に一切近づかない。言の葉を交わす事も、触れる事も、視界に入る事もないようにする』
強気のまま夜見は淡々と告げる、そして小狐丸の沸点を超えた
小狐丸「黙れっ!「化け物」がっ!!」
本体に手を掛け、小狐丸はその刀身を抜き、夜見目がけて振り下ろした
鮮血が飛び散る、真っ赤な鮮血が地面を濡らし、三日月もろとも夜見を赤に染めた
小狐丸「っ...!」
その刃は夜見の右肩に食い込んでおり、切っ先は三日月に届かないよう夜見自身の位置を移動させた
『三日月宗近と会話をしたいのであれば、今すぐこの刃を抜いてくれ。例え僕が死のうが君たちに関係はないが、この状態の三日月宗近が回復するまで時間がかかる。その間、三日月宗近は苦しむ事になる。どうする?』
小狐丸「クッ...、分かった...」
刃を抜き、血を払う
鞘へと納め、目の前から身体をどかすと
夜見は痛みなんか気にせずに速足で手入れ部屋へと向かって行った
大きな血溜りと転々と続く赤を残して
手入れを終えた三日月の本体を布団で深い眠りについている肉体の頭上に置き、部屋を後に円がへ座った
夜見は自分の怪我よりも三日月を優先した
同じ刀派である小狐丸のためであり、今まで自分に慕ってくれた細やかなお礼でもある
もとより、此処に来た目的は「手入れ」だ
その仕事をただ、全うしたに過ぎない
縁側の屋根を支える細い柱に身を預け、ボヤケる視界の中で雨の音をただ聞いた
シトシトと降り注ぐ恵みの雨
屋根にポツポツと当り、水溜りでポチャンと跳ね、ゴロゴロと遠くから雷の音が聞こえた
こんのすけ「夜見様!早くお怪我を!」
あと少しで瞼を閉じ、眠りにつこうとした時
遠くからトタトタと走って来るこんのすけが夜見へと大きな声で語りかけてきた
『僕は大丈夫。このままでも死ぬ事はない。眠れば治る』
こんのすけ「それでもなりません!早く治療を...!」
息を飲み込んだこんのすけ
廊下の奥から白い内番服を身に纏った刀剣男士が慌てて走ってきた
鶴丸「君!この怪我を放置しようとしていたのか!?」
『鶴丸国永。大丈夫。僕は「化け物」だ。このままにしておいても何も問題はない。死ぬ事もなければ、ただ傷が回復するまで眠るだけだ』