動物達は僕の味方

□05.狐面の術師
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シトシトと空から零れるように降って来る雪に呪力は感じない

身体に害もないだろう

氷月の直感の元、五条が手を繋ぎながら隣を歩く

車も人もいない、まるでこの世界では2人しかいない気分になるくらい

酷く寂しい「生得領域」であった

大きな建物が見えてくるとそれは学校で、此処まで氷月は迷わずに来ている

『此処は僕の通っていた中学校だよ。此処に来るなんて思っていなかった』

雪によって白くなった正門を潜り、昇降口に立つ

呪霊の気配は強くなる、だが敵意が見られなかった

まるで「誘われている」ような感覚だ

昇降口から廊下へ出ると、そこには惨劇

きっと捜索に入った者の身体が至る所に落ちていた

腕、足、目玉、舌、肝臓、肺、髪の毛、爪

一種の拷問部屋のような気分に、先程までの綺麗な世界を忘れてしまう

氷月は面を付けているから表情が見えないが、「いい顔」は必ずしていない

五条も例え見慣れていると言っても、一度に見る量じゃないため顰めていた

昇降口の目の前の階段を上り、2階の廊下へ着くと左手に進む

道なりに進むとすぐに廊下の色は変わり、突き当りにある重苦し扉を開ける

中は広々とした体育館、バスケットコート2つ分の広さをしており、天井が異様に高く

その天井から2人の人間が長いロープに首を括って吊っていた

五条の六眼で見るとその2人の遺体には「残穢」があり、呪霊に殺された事が分かった

『...母の祖父母だよ。現金にしか目がない、最悪な祖父母。命よりも、時間よりも、何よりも金を優先した、傲慢で最低な祖父母』

声音は変わらない、だからこそ氷月は何も思わない

『弟が居たんだ。この祖父母に育ててもらう代わりに僕が養育費を全部払ってた』

体育館の壁には小さな液晶テレビが横1列に並んでおり、近づけば音が聞こえた

家の中、リビングで新聞を読みながら男性は子供を叱るようにしていたが

子供は酷く純粋で、唯一の肉親を心配していた

―お兄ちゃんは元気?

―ああ元気だよ。それよりもバイトはどうした?

―い、今から行く...

―早く行ってこい。お前の価値はそれしかないからな

―...うん

子供に掛ける言葉ではない

五条は隣にいる氷月の顔を伺おうにも、面で妨害されて視えない

その間にも氷月は苦しんでいるだろう

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今度は家の寝室での出来事のようだ

―ごめん、お兄ちゃん。僕が弱いから

―別にいいよ。僕だって最初は弱かったし、お前を守れるためだったら、何でもするよ

―僕、いつか強くなってお兄ちゃんを助けるね

優しい兄が「僕」を守ってくれる映像



今度は学校での出来事のようだ

―お前の兄ちゃん、ヤバいヤツだったんだな

―え?なんで?

―○○中の誰かを急に殴ったらしいぜ

教室から告げられた衝撃に会話を聞いている映像



今度は家出の出来事のようだ

―お兄ちゃん。すぐに手を出してはダメだよ

―僕は出してない。あっちが殴って来たんだだ

―でもあなたは傷1つないじゃない

―...分かった。謝ればいいんでしょ

和室で正座をしながら母親と兄が叱られている映像



今度は通学路での出来事のようだ

―おい!早く金かせよ!

―や、ヤダ!これは僕のなんだ!お前なんかに渡せない!!

―このっ!

殴られる子供、そこにすかさず先程の「兄」が入ってボコボコにする映像



最後は家での出来事のようだ

―もう俺は弱くない!

―そっか。じゃあいいね

―お前なんかいなくても俺1人で十分だ!

兄を嫌ってしまった「僕」の映像



全てが繋がっていた

液晶が流している映像はどれも「1人称視点」であったから、何も知らない五条でも分かった

映像で出て来た「兄」が誰であって、「1人称視点」が誰であるかも

「彼」は「兄」が家を出て行ってから悲惨な目に会っていた

高校は行かせてもらえず、朝から夜まで仕事をさせられ

「兄」に殴られた輩が「彼」を殴っては稼いだお金を全て取られていた

悲惨な目に合っていたのだ

五条「落ち着いて。落ち着くんだ氷月」

ギュッと力を込まれた手は五条の手を今にも握り潰す強さで、「手」の痛みよりも「氷月」の痛み和らげたかった

その映像が終わるとプツンと全ての液晶テレビの電源が落ち、砂嵐の映像に変わる

その間にも床、天井、壁の至る所に液晶が増殖しており、音も比例して大きくなる

『...僕のせいか。「僕」のせいで「弟」がこんなに苦しんでいたんだ。電話しても普通の声だったし、何も気づかなかったんだ』

深い深呼吸を何度も繰り返し、液晶の映像がパッと変わる

明るい昼、家の中のリビング、「彼」の目の前には大きな歯を剥き出しに大きな口を開けている化け物、呪霊が映る

五条「ダメ」

五条はすぐさま氷月の手を引いて胸の中に閉じ込め、映像から遠ざけるも

壁の至る所に設置されたテレビは目を動かすだけでもよく見えた

大きな口の中、涎まみれの空間、生暖かい臭い息、そして

―グチャ、ゴリッ

―あ"あ"あ"っっっーーー!!

バクバクと鳴る心臓の音が煩い、ハァハァと言う口が乾く、喉が痛い

氷月はこの映像が誰の物なのか知っているからこそ、余計に「同調」してしまう

「強く知りたい」と思い、「眠ってもいない」のに分かってしまう

カクンと膝の力が抜けた氷月はその場でに座り込む、釣られて五条もその場でしゃがみ面を外す

「もうダメだ。これ以上はもう、耐えられない」瞬時に分かる氷月の表情を見て五条は判断する

何か一撃、後何かの一撃が入れば、彼は完全に「壊れて」しまう
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