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□天才と秀才
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 窮屈なアカデミーから抜け出せば、どこまでも自由な風が吹いていた。スカートをふわりと春花の蜜の匂いを纏ったそれに孕ませながら、弁当を持って仲間達と歩けば心が弾んだ。どこで食べようか、などと歩きがてら相談しがてら、その工程さえも楽しむ段取りで少女達はのんびりと周辺を散策した。緑の茂る所に差し掛かれば日陰になって、歩き出して火照った身体がひんやりとして涼しい。どこかこの辺りで落ち着いて座れるような所はないだろうか。頭上でさわさわと葉が擦れる涼しげな音が気に入った三人は、弁当箱を胸に抱えて手頃な場所を探す。すると、通り掛かった暖かな中庭にある小さなテーブルで、彼女達より早く、仲良く昼食を摂っている二人組を発見する。

「あれって……日向ネジさんと……」

 その光景に見入って、一人が足を止めると後続が背中にぶつかって軽く呻いている。ちょっと何よ急に、という文句を無視して先頭の少女が近くの茂みにそそくさと隠れた。残りの二人も訳が分からないまま顔を見合わせてその後ろに身を隠す。少女の見付けた、里ではちょっとした有名人である若き天才・ネジと、側にもう一人いるくノ一……見た覚えがあるが、果たして誰であったか。三人で顔を寄せると潜めた声で議論する。
 確か……写輪眼のカカシの……違うわよ、綱手様の弟子の……うちはサスケ君と仲良かった子よね…………もしかして春野サクラさん?……そう、その子!
 一人が口にした名前に全員一致で同意した。正しく春に生まれたような響きと風貌を持っている彼女。同じ女子でも、明るくさっぱりとした性格や、抜群の医療忍術を発揮する確かな手腕に、憧れている者も少なくない。名を思い出せてすっきりとしつつも、今度は何故彼女がネジと二人きりでいるのかという疑問が浮かんで、三人揃って頭を傾ける。しかし、どう見ても……。傾いた視界の中で、楽しそうにサクラがネジに笑い掛けている。一端の女子の感性は鋭い。況して『恋愛』に関するものとあれば、尚更だ。

(ねえ……あれって、やっぱり……)
(うん……妙に親密っていうか……すごく自然体ね……?)
(ええ……慣れているわね……)

 しっかりと勘付いていながらも、ネジとサクラの、そんな噂など今まで聞いたことがなかったから、何か目の前の光景が信じ難い。付き合い始めの初々しさというより新婚一、二年目くらいの妙な安定感を醸し出している。
 しかしいつの間に。由緒正しき日向家出身のネジと、伝説の三忍・綱手の取った弟子サクラとなれば、噂話の一つでも持ち上がっても不思議はないのに。ネジ達も、ただ静かな場所を求めて中庭にやって来たようで、別に人目を忍んでいる風にも見えない。

(で、でも……結構お似合いかも……)
(ええ〜?)

 黙っていた一人が不意に漏らした率直な感想に、他の二人は驚愕する。事実を受け入れるのが少し早いのではないか。いや、まだネジ達が『付き合っている』と決まった訳ではないが、そう取っても同然な空気だから。三人の中で一番おっとりとしている少女は、二人の心情など気にせず我が道を進む。

(ほら……天才と、秀才コンビっていうか……そういう意味で、釣り合っているなぁって。二人とも大人っぽいっていうか……話とか合いそう。春野さんって、アカデミーのテストでいつも満点取っていた才女でしょ……日向ネジさんは言わずと知れた柔拳使いの“天才”だし……)
(まあ……確かに)

「ネジさん、これおいしいです」

 弾んだサクラの声に視線を戻すと、サクラが何やら黄色い塊……オムライスらしきものをスプーンに乗せてネジへと向けている(一端の女子の視力を侮ってはいけない)。無邪気にそんな、恋人のような真似をして、ネジを怒らせないのだろうか。全くの他人でありながらも少女達は彼の動向に勝手にひやひやする。しかし彼女達の心配を他所に、ネジは素直にサクラのスプーンに顔を近付けて、口を開けた。

「どうですか?」
「ん……そうだな」

 スプーンに盛られた黄色い塊がぺろりと呑み込まれると、それはまた当然のようにサクラの皿に戻る。素直に美味しいと言えよと言いたくなる、端から見れば素っ気ないネジの返答に、それでもサクラはにっこりと嬉しそうに破顔した。
 天才と秀才。そう考えたら案外似合わなくもない。というか、他にネジと思考の合う女子がいるのかとさえ思えてきた。無言でハヤシライスを口に運ぶネジの向かいで、何事もないようにオムライスを食べ進めるサクラが何だか神々しく見える。



「食べたら眠くなったな」

 ネジの呟きに少女達は我に返った。ぼうっと人の食事風景を眺めている内に、どうやら彼らの昼食は終わったようだ。

「そうですか……? 少し休みます?」
「ああ……そうだな」

 まるで普通の人間のような感覚を持つネジに少々びっくりする。サクラの前では全く気を緩めて、普段の自分を曝け出しているようだ。
 サクラの気遣いにこっくりと頷いて、遠慮なくネジは乗っかる。アカデミーの仮眠室にでも行くのだろうか……と思った少女達はこの後もっとびっくりした。
 悪いな、と何故か謝ったネジが、ベンチに腰掛けるサクラの膝の上に、頭を預けて、ゴロリと横になったのだ。

(〜〜〜!?)

 声を出さずに彼女達は、サクラに膝枕をされてうとうとと微睡むネジに呆然と見入った。

(ね、寝ちゃったわよ)
(……寝ちゃったわね)

 眠り出したネジに気付かれないよう、発する声を殊更小さくする。こんなことも日常茶飯事なのか、サクラはネジを気にせずマイペースに本を開いている。こんなところ、誰かに見られたらどうするのだろうか。いつも閑散とした中庭であるが、全く人が来ない訳ではない。こんな大スクープを目にしたら、瞬く間に二人の関係が広まってしまうだろう。……だが、どうしてか少女達には、そうする気は起こらず。

(……そろそろ行きましょ……邪魔しちゃ悪いわ)
(そうね……何だか空しくなってきたわ)
(そういうこと言わないで! 今夜は女子会よ)

 きっと、今まで通り掛かって二人の姿を目にしてきた者達も、皆見て見ぬ振りをしたのだと直感的に思った。あまりに幸せで何でもないネジとサクラの時間を、無暗に言い触らして奪ってしまうのはとても心苦しく罪作りだ。
 
 その例外ではなかった少女達も、広げられなかった弁当を持って静々とその場から離れる。中には憔悴したような少女も含まれていたが、今日もまた、二人を温かく見守る存在が増えた。
 今見たことには一切他言しない。自らのやるべきことが何なのかが分かった彼女達は、もう二度と、中庭には足を踏み入れないだろう。








 頭上の木々や足元の草の緑が、さらさらと擦れて心地良くざわめく。手元の頁が風に吹かれてパラパラと捲れていき、サクラは本から視線を上げる。

「……静かになりましたね」
「飽きたんだろう」

 サクラの膝に頭を預けたまま、眠ってはいなかったネジがそれには答える。
 いつもこんな調子だ。此処に来ると何処からか誰かに見られている。初めの内は監視されているようで、何となく気忙しい思いをしていたのだが、好きにさせておけ、とネジに言われてから段々とサクラも気にしなくなった。成程、ネジの言う通りに時間が経てば飽きて去っていくようだ。
 ところで今日、ネジは耳に慣れない話を拾った。

「天才と秀才とか聞こえたな」
「え……? ネジさんのことですか?」
「片方は、お前のことだろう」
「ええ〜?」

 意味が分からなくて忽ち綺麗な眉がへの字に下がる。どっちも私じゃないです、と困り顔で返すサクラに説明が面倒になって、オレも知らん、とネジは告げる。
 じゃあどういうことなんでしょうね? と純粋に首を傾げるサクラは謙虚というか鈍いというのか……。『お似合い』だと言われていたこと、サクラには聞こえていなかったのだろうか。ネジの恋人という自覚があるのなら受け入れて欲しいところだ。


 普通にお前が秀才で良いのではないか……?
 普通の感覚でネジはそう言って、天才の女房役をサクラに引き受けて貰った。








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