NLCP*ブック

□return present
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☆return present

 あの初々しい、嵐のようなバレンタインが過ぎ去って一ヶ月。あれからネジとは一度も会っていない。我ながら随分人任せで無計画なことをしたなと、サクラが反省してヒナタに謝罪の念を浮かべていたのは三日くらい。その後は忙しい修行の日々に埋もれて、あの日のバレンタインは、甘酸っぱいようなほろ苦いような、何とも言えない後味を残しながら段々とサクラの記憶から薄れていった。

 そんな折。首元の厚いマフラーが春めいた軽やかなストールへと変わる頃。春風に乗ってサクラの元へと、小さな贈り物が届いた。
 自宅のポストを開けるとちょこんと収まっているその包みに、サクラは首を傾けた。薄い青地に小花を散らした包装紙の、あまりに可愛らしいプレゼントのような体裁のもの。何だろう……と不思議に思いながら、サクラはそっと青い包みを手に取ってみる。掌サイズのそれは、持ってみると意外とずっしりと、手に重量を伝えた。宛名などは書かれていないし、宅急便ではなく、誰かが此処まで来て入れたようだ。こんな所までわざわざ、一体誰なのだろう。思いつつくるりと裏側を見たサクラは、天地が引っ繰り返る程驚いた。

 宛名などはなかった。だからサクラの自宅に届いているとしても本当にサクラ宛てなのか疑わしい。しかし思い当たることがあるのだ。
 青い包みを裏返すと、小さな角張った字で、『ネジ』とだけ書かれていた。

 あ……ホワイトデー。
 そう浮かぶと同時に、サクラはこのまま忘れ去りたかった人任せなバレンタインのことを思い出した。
 あの日ヒナタに会ったのは偶然だった。班の皆へ配る為にと、チョコレートを買い求めに向かったサクラは、ヒナタが密かな想い人、ネジにチョコレートを贈ることを知った。あのような堅物だが、従妹のチョコレートは受け取るのだと、意外に思ったサクラは、急速に押し寄せる片恋の熱を抑え切れず、衝動的に、あの場でネジに贈ることを決意した。そして土壇場で、怖気づいてヒナタに後を任せて……あとは周知の結末だ。

 だが、終わらせてはいなかった。あのまま終わったかと思われた少し切ないバレンタインに、ネジは温かな結末を用意してくれた。
 最後まで茂みに隠れて姿を見せなかったサクラに、負けず劣らず、少しも姿を見せず。
 ホワイトデーぴったりに、無言でポストに届けられた、とても素敵なプレゼント。


 そわそわと落ち着かない胸に包みを抱えて、サクラは弾むように自宅に入った。鍵を適当な所に置いてテーブルの前に座ると、またまじまじと綺麗な包装紙を眺めて、そっと端から開けてみる。くるくると中身を回しながら包みを開いていくと、中から飴玉の詰まった瓶が出てきた。重さの正体はこれだ。コルクの上に乗った、クマを模ったクリスタルの可愛らしさに目を奪われて、瓶を傾けると桜色の飴玉がカラカラと軽やかに中で動く。宛名などなくても分かった。これはネジがサクラ唯一人の為に選んでくれたものだ。
 まるでサクラをイメージするかのように色付いた小さな飴玉。来たる春の欠片がこの手の中に在る。クマの形をした蓋を摘まんで開けてみると、閉じ込められていた砂糖の甘ったるい匂いが鼻腔に優しく届いた。

 中の桜色を一粒だけ取り出すと、サクラはそっと口に含む。ころりと転がせば煮詰めた砂糖と仄かな桜の香りがどこまでも広がった。
 目を閉じてこれから咲く春の花木へと想いを巡らせると、瓶を眺めながらサクラはゆっくりと甘い塊を味わった。
 ゆっくりと。
 ネジの心遣いが、勿体ない甘さが、直ぐには溶けないように。



(了)



☆Thank you gift.Happy white day. 16.3.14
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